参拾壱













なんどだって、つたえたい




それは、ふあんだからじゃなくて














つよくつよく、しんじてるから

































―――――――政宗も幸村も、あまりにあっさりしていたから、大人達は正直肩透かしを食らった気分だった。

今から駄々を捏ねられても困るだけではあるのだが、あんなに離れたくないと言外に滲んでいたというのに。
齢十にも満たぬ子供が、今生となるやも知れぬ別れを受け入れるには、聊か早急過ぎて見えた。
まして、奥州と甲斐では遠過ぎる。




幸村は兄の横についていて、じっと馬上の政宗を見上げていた。
ざんばらになった髪がふわふわと揺れている。
なくなってしまった髪の毛が何処に流れて行ったかは、知る由もない。











「じゃあね」










ひらひらと片手を振ってお別れを告げる幸村に、政宗が笑った。
その笑い顔は何処か寂しそうで、けれども何処か誇らしげにも見えて。
温かな木漏れ日にも似た笑顔だった。




蹄の音が二つ、鳴り始める。


影が遠ざかっていけば、政宗の姿は幸村からはすぐに見えなくなってしまった。
さっきまで自分がいた政宗の直ぐ後ろに、今は従者であり、共に帰るべき存在が存在している。
今の幸村の位置からは、その従者の背中しか見る事は出来ない。
そしてさっきまで政宗と繋いでいた自分の手は、傍らに立つ兄と繋がっていた。

同様に、政宗からはもう振り返っても幸村の姿を見る事は出来ない。
背中に感じるのは高い体温ではなく、馴染んだ従者の温もりで、その僅か後ろには父親のような男がいる。
それらを厭うた事は決して一度もなかったし、今後もないと思っている。
ただ少しだけ、数瞬前まで感じていた温もりを、もう少し感じていたかったと思った。








――――――……一緒に帰れる人が羨ましい。
――――――……一緒に残れる人が羨ましい。

――――……帰った先に待つであろう人々が羨ましい。
――――……戻った先に出迎えるだろう人々が羨ましい。



目線の高さは同じなのに、同じ場所で同じものが見れないのが寂しい。
同じものを見る事が出来る筈なのに、叶わないのがもどかしい。

道端に咲く花を、川を泳ぐ魚を、陽光を煌めかせた水面を、心地良い木漏れ日を、
―――――………同じ場所で、同じ時間で、同じ目線の高さで見る事が出来ないのが、悲しくて。


だけど泣いてしまったら相手を困らせてしまうだけだから、一所懸命笑ってみる。
そうしたら相手も一緒に笑うから、きっと上手く笑えているんだろうと思う。

大丈夫、大丈夫、寂しいなんて言わないから、だってまたいつか逢える日が来るんだから。
この別れは束の間で、いつになるか判らないけど、でもいつか逢える日が来る筈だから。
言い聞かせながら、一所懸命笑ってみる。
大丈夫、大丈夫。




蹄の音が遠ざかる。
温かい気配が遠ざかる。



大丈夫、大丈夫。









届かない場所に行ってしまう。
届かない場所に。











大丈夫――――――――

















「――――――――幸」

















呼んだ兄の声が、どういう意図を持ってしてのものだったか、幸村は知らないし、判らないだろう。


気が付いた時には痛いくらいに握り締めていた兄の手を解き、走り出していた。
山の頂点から下り坂を進んでいく馬の影は、既に遠い。

それでも、走り出さずにはいられなかった。




そして、呼ばずにはいられなかった。






















「まさむねぇえ―――――――――――――っっ!!!!!」






















喉なんて潰れてしまえばいい。
そうして彼が此処に残ってくれるのなら。

だけど、それは叶わないから。




馬の影は、構わず進んでいく。










「――――――ともだちだから! ずっとずーっと、ともだちだから!!」










幸村の声は高らかに響いて、澄んだ空に溶けて消えて行く。


















「ずーっとずーっと、ずーっと、だいすきだよ!!!」




















握り締めた小刀を高く翳して。

いつかは、持ち主のところに帰る刃を。
今一時だけ、繋ぎ止める糸にして。

















―――――――――――だいすきだよ




















































幸、と呼ぶ声が聞こえたから、ほんの少し肩が揺れた。


馬は走り出してはいないけれど、既にその声が酷く遠くにある事だけは判った。
でも子供の足でも追い着こうと思えば追い着ける。

……そんな気配は、なかったけれど。

それが少しだけ寂しくて、でも少しだけ嬉しい。
笑った顔で別れたのに、また泣きたくなった。
泣いてしまったら彼も泣いてしまうから、それは嫌だった。




別れる時は、泣き顔よりも笑顔がいい。
また逢えるのだと信じられるから。

泣いたりしたら、悲愴ばかりが募るじゃないか。
もう逢えないかも、なんて考えてしまうじゃないか。


だから、別れる時は笑顔がいい。








でも。






















「まさむねぇえ―――――――――――――っっ!!!!!」






















高く澄んだ声はよく通り、山の中に木霊する。


馬は立ち止まらなかった。
政宗は、一瞬だけ、本気で飛び降りようかと思った。
背中の存在がいなければ、そうしていたかも知れない。

けれど馬は立ち止まらなかったし、やはり政宗も飛び降りることはしなかった。
それは、振り返るのが怖かったからというのも、あるけれど。




そのままでいてと、声が言っていたような気がして。










「――――――ともだちだから! ずっとずーっと、ともだちだから!!」










綱元が少しだけ振り返っていた。
すぐに前を向いて、その口元が優しく緩んでいる。
背中の存在も、柔らかな空気。


振り返れば、もう一度あの鮮やかな瞳を見る事が出来る。
消えた右目の光をもう一度灯してくれた、あの光。

夏の太陽、青い空の下、負けない光が、きっと其処に。





だけど、振り返らずに、聞こえる言葉は、きっと。


















「ずーっとずーっと、ずーっと、だいすきだよ!!!」





















そんなの、言われなくたって知ってるし。
だけど言いたい気持ちは自分も一緒。

でも、自分は幸村ほどには素直じゃなくて、言葉にするのも恥ずかしいから。




いつか持ち主の下に帰り、定められた意味を宿すであろう、小さな銭を空に掲げ。

















―――――――――――だいすきだよ



























   


バイバイ。