拾壱













きっかけはちいさなこと






だけどぼくらにとってはだいじなこと

















































いつものように、二人で川原を占領して遊んだ。








政宗が奥州から甲斐にやって来て、今日で一ヶ月になる。
雨の日と風の強い日以外、だからほぼ毎日二人は一緒になって遊んでいる。
他の何処に行くでもなく、この川原で。

一度この川に流された事を忘れた訳ではないけれど、やはり怖い思い出よりも楽しい思い出の方が断然多い。
絶対に此処で遊ぼうと約束したわけではないけれど、自ずと二人は此処で遊ぶようになっていた。
時折、川原の土手上を僧侶や薬師が通り、無邪気に遊ぶ子供に微笑ましさを覚え、過ぎ去っていく。
もっとも二人の子供には、そんな風に見られている事さえ知らないのかも知れないけれど。


だって二人とも、目の前の存在で、それだけで世界は一杯になるのだ。





ちゃんばらごっこをして、鬼ごっこをして、釣りをして。
他にも政宗が奥州からの道中で見聞きした遊びを試してみたり、石飛ばしで勝負してみたり。

昼前から遊んでいるというのに、幾ら遊んでも足りなくて、あっという間に陽が傾くのが勿体無い気がして溜まらない。
毎日もっともっと一緒に遊びたいと思うけれど、兄や従者が心配するからそれは出来ない。
代わりに明日の約束をして判れるのが、決まりになっていた。



一日がもっともっと長かったら良いのに。
そう思った事は、この一ヶ月の間で一度や二度ではない。

けれど、家や宿まで帰る時間が嫌いと言うのではない。
明日の約束はしているのだから、今度はどんな遊びをしようか考えながら帰っていく。
そして家に帰りついたら、兄や従者に今日一日の事を話して聞かせるのだ。
その時間は遊んでいる時間とは少し違う色を持つけれど、二人とも大事な時間なのだと思っている。

幸村の兄は、弟の話を時折相槌を打ちながら、微笑みながら聞いてくれるのだという。
政宗の従者の小十郎はと言えば、話終えると何故か感極まったように泣き出し、良かった、良かった、と言い出す。
何故小十郎がそんな反応をするのか政宗にはまだよく判らなかったが、ただ心配をかけていたのか、とだけ思った。





今は二人、そんな身内の話で盛り上がっていた。







「で、そこで小十郎のやつがこーふんしてさ」
「おもしろい人だね」
「おもしろいって言うか、なんて言うか……」




まぁ、嫌いじゃないんだけど。
幸村に横顔を向けたままで呟けば、くすくすと鈴が鳴るような笑い声が聞こえてきた。


小十郎の事は嫌いじゃない。
寧ろいつも世話をしてくれているし、感謝している。

けれど、政宗はそれを素直に口に出すことが出来ない。
……恥ずかしくて。




「それ、こじゅーろーさんに言ってあげればいいのに」
「なっ…いいんだよ、そんなこと!」
「まさむね、かおあかいー」




あはは、と笑いながら幸村は政宗の頬を突いてきた。





「うるせぇなぁ……おれはゆきむらみたいに、ばか正直じゃないんだよ!」
「ばかじゃないもん!!」
「ばかじゃなくて、ばか正直」
「やっぱりばかって言ってるじゃん!」





頬を膨らませながら詰め寄る幸村に、政宗は喉の奥で笑いが漏れるのを止められない。
そんな風に真っ直ぐに反応するから、馬鹿正直だと思ってしまうのだ。
言われたことをそのままにして受け取ったりするから。

でも、そういう素直な所は少しだけ羨ましいと思う事もある。
兄を大好きだと言って、父を尊敬してると言って、自分を愛してくれるものに、それを返せるのが羨ましい。
どうにもひねてくれてしまったらしい自分に出来ない事が出来る幸村。
その素直さが自分に少しでもあれば、と思ったりする事もあるのだ。



すっかり拗ねたらしい幸村は、明後日の方向を向いてしまった。
怒るなよ、と長い髪を軽く引っ張ると、抗議するように首をふるふると横に振られてしまった。

こういう時の幸村の扱いも、随分慣れた。
下手に刺激しないで、幸村が自分から声をかけてくるまで待つのが良い。







「はらへったなー」







それでも、あまり長く沈黙が続くと、幸村は気不味くなって喋れなくなってしまう事がある。
だから次の言葉が続け易いような言葉を考えて、ぽつぽつと独り言を漏らす政宗だ。








「こんぺいとう、なくなったな」








奥州からの道程の間に小十郎が何を考えてか、買ってくれた菓子。
貴重な砂糖で作られたそれは、とても甘くて、子供の口にはぴったりの味だった。
甘いものが好きな幸村は勿論、政宗も一等好きな菓子で、そんな二人が一緒に食べれば瞬く間になくなってしまうのは当然だ。

腰につけている袋にいつも入れていたのだが、もう中身は空だ。
逆さまにして振ってみても、もう欠片も落ちてきてはくれない。








「あー、はらへった」









呟きながら空を仰げば、時刻は恐らく昼餉時。







「なんかくうもんないかなー」










ちらりと幸村を見遣って言えば、まだこちらを振り向いてはくれなかった。
けれど、時間の問題なのは政宗にもすぐ判る。


頭が少し下に下がっている。 見下ろした先にあるのは幸村が持ってきた巾着袋で、その中身はもうよく知っているものだった。
いつ頃からだったか、それまで殆ど手ぶらだった幸村が持ってきて、以来定着している。

振り返らないのは、今ひとつ振り向き難いから。
いつも笑顔で明るい幸村が、拗ねてしまうと意外と引っ込められないと知ったのは、一週間ほど前の事だ。



それでも、あと一押し。









「うまいにぎりめしとか、いいよな」









幸村の方を見つめたままで、そんな風に呟いた。
小さな声で、けれど幸村には十分聞こえるくらいの声音で。

ぴくっと幸村の体が揺れたのが見えて、政宗は思わず漏れそうになる笑いを飲み込んだ。
だってこんなにも判り易いのだから、笑ってしまったって仕方がないじゃないか。
笑われた方はまた拗ねてしまうから、知られてしまう訳にはいかないのだけれど。



そろり、と。
緩慢な動きで、幸村が振り向いた。
心持頬が赤いように見えるのは、きっと政宗の見間違いではない。
けれどそれを言ってしまったら逆戻りになるので、口には出さない。





ごそごそと幸村が取り出した、袋。
紐を解いて取り出したのは、四個の握り飯だった。







「……たべる?」
「たべる!」






差し出されるそれの一つを手にとって、笑う。

やっとこっちを見てくれた。
拗ねた顔を見るのも正直面白いから嫌いではないのだけれど、やはり自分を見ていて欲しい。
まだ少し気持ちが切り替わらないのか、少し目線を逸らされるけれど、顔も見せてくれないよりはずっと良い。



この握り飯は、幸村の兄が作ったものだった。
朝から夕方まで外で遊んで帰らない弟の為に、わざわざ作ってくれたのだろう。

幸村に渡す時はいつも、多めに作ってしまったから、と言っているらしい。
それが一度や二度ではなく、毎日続いているから、流石の子供達でも兄の心中は察しがついた。
幸村はまだ政宗の事を内緒にしているらしいけれど、きっともう兄も判っているのだろう。
だからこんな風に、政宗の分まできちんと作ってくれている。

それを鈍い幸村が何処まで判っているかは、政宗には少し判らないけれど。



四個あるから半分ずつ食べる。
一つを右手に、一つは左手に持った。
幸村は一つを右手に持って、もう一つは握り飯を包んでいた笹の葉に置いて、膝上に乗せている。





二人顔を合わせてから、一緒に口を開けた。










「うん、やっぱうまい!」
「兄上、ごはんつくるのおじょうずだよね」
「な、こんどゆきむらも作ってこいよ」
「むりだよ、こんなきれいにできないもん」
「きれいじゃなくていいんだよ」








もぐもぐと食べる互いの口元には、飯粒がついている。
けれど今は食べるのに一所懸命で、そんな事まで気が回らなかった。






「おれ、ゆきむらの作ったにぎりめしがくいたい!」






形が崩れててもいいから、と政宗は幸村に言った。

もともと気の良い幸村は、頼まれると断れないらしい。
気が弱い訳ではないだろうけれど、政宗は今まで、遊びを決める時にそれは嫌だと言われた事がない。
最初は慣れていなかった川に入っての魚取だって、やりたくないと拒否された記憶はなかった。


ちょっとずるいか、と思いつつも、政宗はどうしても食べたかったのだ。
無論、幸村の兄が作った握り飯も美味くて好きだ。

だけど。





大好きな幸村が握った握り飯だったら、きっともっともっと美味しいと思ったから。











幸村はむぅ、と考えていたけれど、しばらくの間を置いてから、













「……いい、よ」














小さな声で言った。







「やった!」
「でも!!」






破顔して喜んだ政宗。
しかし、幸村がずいっと顔を近づけてきた。

















「まさむねも作ってきてね! わたしも、まさむねのにぎりめし、たべたいから!」
















私ばっかりじゃずるい。
そんな風に言う幸村に、しばし政宗はきょとんとしていた。

けれど。



















「やくそくな」






































笑って言えば、返されるのは笑顔。




明日は、二人とも早起きになりそうだ。