ずっとずっとこのままで
















ねがいはきっとひとつだけ





ずっとずっといっしょに






























「よし、おれのかちだ!」








言って政宗は、誇らしげに手に持っていた木の枝を掲げ上げた。
幸村は其処から少しばかり離れた場所で尻餅をついて、肩で荒い息を繰り返している。

二人の顔や腕には、木の枝で擦った後や、転んで出来てしまった怪我が幾つもあった。
けれど不思議とそれは少しも痛くなくて、それよりも幸村は悔しくて枝を握る両手に力が篭ったのが判った。
これで何敗目だろうかと考えてみるけれど、既に片手では足りない数になっていて、益々悔しくなる。



三日に一回の頻度で、ちゃんばらごっこをしている。

勝ちは大体政宗で、地面に倒れてしまうのはいつも幸村だった。
何度か勝ったことがない訳ではないのだが、負けた数の方が多い。
しかも盛大な負け方をするものだから、どうしてもそちらの印象の方が色濃く残ってしまうのだ。
勝つのは、幸村が意地になって負けたくないと粘りに粘って、政宗が根負けする程度のものなのである。

幸村からしてみれば、屈辱以外の何者でもない。
何度も打ち合っているのに、どうして何時まで経っても勝てないのだろう。





「つよくなったな、ゆきむら!」
「……む〜……」
「ほんとだぜ。もうおれと同じぐらいだ」





政宗はそう言うけれど、幸村は膨れっ面を止めない。
そんな幸村に笑いかけながら、政宗は枝を肩に担ぐ格好にして傍まで歩み寄ってくる。







「そんなかおすんなよ」
「……だって」
「本当だよ。ほら、おれもぼろぼろなんだぜ」







出逢ったばかりの頃、幸村は獲物を相手に掠めることも出来なかった。
それは、幼いながらに負けず嫌いな幸村の心に強く根付いた。

いつか絶対に勝つんだと言ったら、政宗はやってみろ、と舌を出して悪戯っ子のように笑っていた。



そうして何度も打ち合っているうちに、幸村の腕も徐々に伸びを見せていた。
元より武芸については飲み込みが早い幸村だから、競り合う相手が出来て発展が早くなるのは当然だっただろう。
政宗とて負けている筈もなく、幸村が伸びれば、政宗も同じように伸びを見せている。

けれども未だに、幸村は政宗に勝てなかった。







「ゆきむらはなぁ、おれとちがうんだよ」
「……ちがう?」
「ゆきむらはかるいんだよ。だから、まんまえから来るのはむいてないんだ」
「……??」






しゃがみ込んだままで立とうとしない幸村の前に、政宗も目線を合わせて膝を折った。
派手に動き回った所為だろうか、政宗の髪が所々跳ねているのが少し可笑しかった。
そうすうると自分もそうなのだろうか、と幸村は関係ない事を考える。



幸村は政宗よりも身体が軽いから、力で押すとどうしても負けてしまう。
粘り強さは感歎する所ではあるけれど、それだけでは勝てないのだ。
小柄な分だけ素早く動けるのだから、手数で攻めて行く方がいい。

思えばそれは兄と打ち合う時にに繰り返し言われていたのだが、いつも直ぐに忘れてしまうのだ。
押しに押すのも悪くはないが、引き際と言うものを弁えなければ勝てる勝負も逃してしまう。


幸村の明るい色の髪をくしゃくしゃと掻き撫ぜながら、政宗はそれだけを一気に捲し立てた。



目の前の相手を打ち払い、戦いながら、そんな所まで観察していたのか。
つまりそれだけ、政宗は余裕があったと言う事なのだろうか。

そう思うと、やっぱり悔しくなるばかりで。





「……まさむね、きらい」
「は?」





思いもかけず、そんな言葉が口を突いて出てきた。

政宗はしばし瞠目して、じっと幸村の顔を見つめていた。
幸村が言った事を再確認するようなその瞳に、幸村はなんだかばつが悪くなった気がして目をそらす。
そうすると見せてしまった横顔で、紅潮した頬と、尖らせてしまった口元を見せてしまう訳で。
ぷ、と政宗が噴出したのが鼓膜に届く。





「まさむね!」
「わりぃ……でも、だっておまえ……」
「もー! わらうな!!」





まだ持っていた枝を放り投げて、幸村は政宗の濃い色の髪を引っ張った。
屈んでいただけで腰を落ち着けていなかった政宗が、体勢を崩してしまう。





「いてて! ゆきむら、あぶねぇ!」
「まさむねがわらうから!」
「わるかった、わるかったって」




引っ張るだけでは物足りなくなった幸村が、政宗の頭をぽかぽかと叩く。
幾ら子供の小柄な手と言えど、やはり拳で叩かれては痛いものだ。
なのに政宗はそれさえも面白いのか、幸村が何度言っても笑うのを止めない。


むーっと餅のように頬を膨らませて、幸村は政宗の着物の襟を掴んで、思い切り引っ張った。






「うわっ!」
「わ!」






手元に引っ張ったものだから、当たり前のことだ。
今度こそ完全に体勢を崩された政宗は、そのまま幸村の懐へと倒れ込む。
幸村は自分よりも僅かに大きい政宗の身体を支えきれず、背中から地面に落ちてしまった。

川原はやはり、小石が目立つ。
その上に背中を落としたものだから、痛みを感じるのは当たり前だ。
おまけに政宗が自分の上に乗っかってしまっているのだから、二重苦だ。
自業自得と言ってしまえば、そうなのだけど。






「なにすんだよ、ゆきむら!」






勢い良く起き上がって、政宗は言い放つ。

幸村は頭を抑えながらのろのろと上半身を起こして、じんじんする背中の痛みに耐えた。
政宗の方も膝から落ちた時に小石で足を切ってしまったようで、内出血なのか、膝頭が僅かに青くなっている。



全く、と言いながら政宗は膝を擦るけれど、それ以上は何も言わない。
自分だったらきっと何か文句を言って癇癪を起こすだろうと幸村は予想がついた。





なんだか政宗が酷く大人のように見えてしまう。


幸村が何をしても、政宗は余裕だ。
二人一緒になってムキになる事はあるけれど、それでも政宗の方が一枚も二枚も上手だ。

同等に、同じ目線になりたいのだ、幸村は。
突き詰めていってしまえば、政宗の方が少し背が高いのだって正直悔しい。
兄からはこれから伸びるんだろうと言われるけれど、今すぐがいいのだ。
ずっと一緒に育っている佐助だって自分より背が高くて、幸村はいつも見下ろされてばかりいる。
決してそれが嫌だと言う訳ではないけれど、たまには自分だって、と思わない事はなかった。





――――そんな事をつらつら考えている間にも、政宗は膝の痛みもどうやら緩和したらしい。
幸村の隣に腰を下ろして、両足を投げ出して空を仰いでいる。
かと思ったら視線をそのままに、片手で幸村の頭を撫でて来た。

ちょっと拗ねて頭を振ってみるけれど、政宗は気にしちゃいなかった。
少し手を放しただけで、幸村がそれを止めると、またくしゃくしゃと撫でられる。


されてばかりなのは、やはりちょっと腹が立つ。


頭を撫でて来る政宗の手はそのままにして、幸村も政宗の頭を撫でた。
隻眼が驚いたような色を浮かべて、こちらに向けられる。





「……何やってんだ、おまえ」
「まさむねだってするじゃん」





私だってやりたいもん、と。
言えば政宗は、きょとんとした顔でこちらを見つめてくる。




……そう言えば、自分も発見した事がある。
政宗は、不意打ちに弱いのだ。


ちゃんばらごっこで打ち合っている時は、まるで本能が悟るように動く。
幸村が幾ら隙を突いてみても、それが決定的な一打になった事は殆どない。
今度こそと思っても、寸前で察知できるのか、まるで背中にも目がついてるんじゃないかと思うほど反応が早いのだ。

だが一通り打ち合って休憩している時になると、政宗は打って変わった姿になる。
切れ長でまるで野生の山犬のような光を称えていた眼光は、途端に人懐こい飼い犬のように和んでしまう。
しなやかに駆けていた足もやおら投げ出して、大の字に寝転がる様は本当に無邪気な子供のそれと同じ。
微かな物音にも敏感に反応していたのに、その片鱗さえも見られなくなる。

だからこういう時だけ、幸村はほんの僅かに優位になれると覚えた。




幸村は両手で政宗の頭を掴んで、わしわしと荒っぽく掻き混ぜた。






「ゆきむら、なにしてんだよ!」
「しかえし」
「やめろって……よせってば」





二人の様は、まるで小さな仔犬達がじゃれて遊んでいるようだ。
一匹が耳を甘噛みすると、もう一匹が相手の背中に乗り上げて、かと思ったらお互いの顔を叩き合ったりして。
時折高い声で吼えたりもするけれど、どちらも本気で嫌がってはいなくて、止めようとはしないのだ。

だから、あまりに続ける幸村に、政宗だって黙っている訳がない。
仕返しの仕返しだ、なんて言いながら、政宗は幸村の長い髪を掴んで軽く引っ張った。
痛い、なんて抗議を上げてみる幸村だったけれど、大した痛みなんて其処にはない。









さっきまで自分が悔しくて腹を立てていた事など、幸村の頭から綺麗さっぱり抜け落ちている。
もともと怒りが長続きする事はない方だし、何より目の前の存在と戯れている方が楽しかったから。































































二人で疲れるまでじゃれあって。
二人で声が枯れるまで笑って。


もう一度ちゃんばらごっこをして、今度は政宗の言われた事を頭の片隅に残してみる。
競り合いになったらそこそこにして離れて、脇から打って、それも受け止められたら、反対の手に持っていた枝で叩く。
政宗は僅かな身長差を利用して、上から体重をかけて、体勢が崩れたら蹴り上げまでして来た。

従弟と喧嘩して鍛えてるんだよ、と楽しそうに笑う政宗である。
喧嘩なんてした事がなかった幸村だったから、そう言われて少し驚いた。
自分や兄、佐助では、喧嘩まで発展する事がないのだ。
大体幸村が一人で勝手に癇癪を起こして、相手は自分が落ち着いてくれるまでじっと待っていてくれる。
だから政宗が言うような、殴り合いになんて所まで発展しなかったのである。

喧嘩もいいもんだぞ、なんて物騒なことを言う政宗に、幸村は困った顔で笑うしかなかった。
今度機会があったらやってみようかな、なんてちょっとズレた事まで考えてしまった。




また遊び疲れたら、二人で川原に寝転んだ。
少し大きめの石がある所に行けば、少しだけだけれど痛みも緩和される。




汗を掻いて火照った幼い身体に、吹き抜けていく風は心地良さを運ぶ。
ふと着物が所々解れているのに気付いたけれど、それも今は政宗と遊んだ証のようで、幸村は少し嬉しかった。
そして帰ったら「内緒」と言った事を覚えているのか、何も言わずに繕ってくれる兄に感謝する。

政宗も政宗で、また着物を汚して怒られるかな、と呟いたけれど、その口元は笑っていた。


一緒にいるだけで、もう何もかもが楽しくて溜まらないのだ。
後で怒られると判っている事でも、ひょっとしたら心配させてしまう事でも。
二人一緒にいられるのなら、怒られたってなんともないぐらいに。





「ゆきむらぁ」
「なに?」





大の字になって寝転がった政宗と、子犬のように身を丸めている幸村と。




空から振る陽の光は暖かくて、ひょっとしたらこのまま眠ってしまうかも、と幸村は思った。
駆け回って疲れてしまっているから、尚更身体は素直に眠りの誘いを受け入れてしまう。
そう言えば佐助に、風邪を引くから外で寝るな、と何度か言われたような気がするけれど、やっぱりそれを思い出したのは一瞬。
決してどうでも良い事ではないけれど、手招きする睡魔に抗うような気力も気分も残っていない。

ちらりと政宗を見遣ると、政宗の瞳もゆっくりと閉じられようとしている所だった。
政宗の身体には僅かな力も入っていないようで、こちらも恐らく寝る体勢となっているのだろう。


このまま、二人一緒に寝てしまおうか。
そしたら、夢の中でも一緒にいられるのかも知れない。






「……ゆきむら」
「なーに?」







繰り返し呼ばれる名前に、幸村は答える。







「ゆきむら」
「うん」






三度目の呼ぶ声。

このまま、この声を聞きながら眠るのも悪くないかも知れない。
だけど一人で勝手に寝てしまったら、政宗が拗ねたりしないだろうか。
それならちょっとその様子が見てみたいけど、自分が寝てしまったんじゃ見る事なんて出来やしない。







「……ゆきむら」
「……なーに、まさむね」







四度目になって、幸村も呼び返してみた。
すると閉じかけていた瞼が持ち上げられて、隻眼が幸村に向けられる。


切れ長の目。
意志の強い瞳。

だけど、とても優しい光。

















「手、つないでねよう」

























言って、寝転んだままで差し出された、手。






















「うん」






























おやすみの挨拶は、ない。

そのまま一緒に、夢路へ旅立ったのだから。