きっとずっと




このままで
















































「いってまいります、兄上!」
「ああ、行ってらっしゃい、幸」







玄関前まで見送ってくれた兄に、幸村は頭を下げて外出の挨拶をした。
信幸は律儀な弟に微笑んで、手を振る。




近頃、幸村は毎日外に遊びに行く。
常の遊び相手である筈の佐助がいないにも関わらず、だ。

一人で遊ぶ方法を見つけたのか、それとも新しい友達が出来たのだろうか。
後者であるなら、それを佐助が知った時、どんな顔をするだろうと信幸は思う。
今まで幸村には佐助しかいなかったが、それは佐助にとっても同様であった。
ちょっと見ない間に別の相手を見つけたとなったら、やはり淋しいものか。


けれども、信幸は嬉しかった。
真田家の次男という事で少々敬遠されがちだった弟に、ようやく外の友達が出来たと言うなら、
それは素直に喜んでやるべきだし、毎日楽しそうに外に駆け出していく弟を見守るのも悪くはない。


ただ少し残念な事と言えば、ここ数日、外に遊びに行くばかりで、稽古をしなくなった事か。

朝食を食べ終わるや否やそわそわと落ち着かなくなっている幸村。
辰の刻を迎えた程になると、今日のように外へ飛び出していく。
そして帰って来るのは既に夕陽が大きく傾いている頃で、丸一日遊んでいるようなのだ。
稽古の時間などある訳もない。

何故か時々生傷を作ってくる事もあるけれど、それさえ幸村は楽しそうに笑っている。
明日は勝つぞ、なんて事を言っているのも聞いた事がある。





「……明日から弁当を持たせた方が良いかな」





朝から夕まで遊びまわって、帰ってきた頃にはすっかり空腹。
昼はどうしているのかと聞けば、嬉しそうに笑って流されてしまった。

外に行って何をして、誰と逢っているかは、どうやらまだ教えてくれないらしい。
正直、もうある程度の予想はついてしまっているのだけど、
秘密を持ったという事にちょっとした喜びを抱いている弟の期待を裏切るのは宜しくない。



だから、弁当は幸村が食べるよりも、少し多めぐらいにすればいい。
ちょっと作りすぎたかもな、なんて言いながら渡せばいいのだ。












































「まさむねー!」
「おう、ゆきむらー!」







川原の土手に立ち尽くしている姿を見つけるや、幸村は大きな声でその少年を呼んだ。
そうすれば少年はこちらに振り返って、同様の声で名を呼んでくれるのだ。

政宗が一足先に土手を駆け下りると、幸村もそれを追い駆ける。




「よし、今日はさかなつりをするぞ!」
「うん!」
「あっちでえださがそう」




そう言いながら、政宗は幸村の手を引っ張って行く。

釣竿の糸は、政宗が持っている。
その日その日でどんな遊びをするのか、決めるのは大抵政宗だった。
鬼ごっこだったり、ちゃんばらごっこだったり、基本的に動き回る遊びが多い。


魚釣りは珍しい方だ。
嫌いではないのだけれど、政宗はじっとしているのがあまり得意ではない。
幸村もそれは同じで、じっとしていると眠くなってしまうのである。
眠ってしまっては片割れがつまらなくなるだろうから、魚釣りは滅多にしない。

けれども、政宗がそれをすると言えば、幸村もそれに応じた。





川原を少し遡ると、木々の生い茂った場所がある。
だがそれを通り過ぎれば、また直ぐに同じ川原の光景がある。
何故か此処だけが緑地化しているのだが、二人は木の枝を探す時、丁度いいからと此処のものを使っていた。



適当な枝を見繕うと、政宗が糸を幸村に分けた。
その後は、二人で餌探しだ。


木の根元、石の裏側、葉っぱの下。
其処此処にいる虫を、二人で集める。

最初の頃は幸村は虫に触れなかった。
蝶や甲虫とは違う柔らかくてうねった虫に、幸村は思い切り引いたのだ。
触った事もなければ、見た事もなかった――――青虫ぐらいである。
故に初めの頃は政宗が二人分作っていたのだが、流石にもう慣れるというもの。




「まさむね、これでいい?」





それでも、まだ餌をつける手付きは不慣れなもの。
元来不器用であるので、なかなか政宗のように上手くつけることが出来ない。





「ん、ほどけないな……だいじょうぶだ」





綺麗につける事は出来ないけれど、指示なしで出来るようになった。
それだけでも、大した進歩だ。







川岸で並んで座り、糸を垂らす。










「…にしても…はらへったなぁ…」
「ごはんたべてないの?」
「小十郎にぬかれた」






幸村は名前しか知らぬ、政宗の側用人。

理由は様々だが、時折喧嘩をする事があるらしい。
結果政宗は飯抜きにされることもある。
最後に先に謝るのは、大抵相手の方だと言うが。




「あー…こいつらくえねぇかなぁ」
「さばけないから、むりだよ」
「やっぱりそうかぁ…。あ、でもやけばいいじゃん」
「火はあぶないよ」




幸村の言葉に、政宗は拗ねたように唇を尖らせた。
そんなに腹が減っているのかと問うと、政宗は大きく頷いた。




「でも、わたしもおなかすいたかも…」
「だよな。もうじきひるだぜ、はらもへるって」





小十郎の鬼、と政宗は小さく呟いた。




「あ、みずおけつくってない」
「………あ」




思い出すと、二人は釣竿を石と石の間に引っ掛けた。
固定されたそれは、斜め真っ直ぐに伸びて、水の中に糸を垂らしている。

二人は浅い場所で石をかき集め、それで水の中に小さな空間を作る。
ぽっかり其処だけくりぬかれた、穴。
釣った魚を入れておく水桶の代わりだ。





確保された空間を見て、二人は満足げに顔を見合わせて笑った。





























































幸村が静かである事に、政宗は随分経ってから気が付いた。





幸村は結構お喋りだ。
話す内容は同じものの繰り返しが多いが、楽しそうに喋る姿は、見ている方も楽しくさせる。

けれども、此処しばらくの間、幸村は黙って釣り糸を垂らしている。
魚の食いつきはあまりなくて、政宗も退屈を持て余していた時分であった。
こういう時に暇を紛らわしてくれるはずの相手が、珍しくも全く喋らずにいる。




政宗は釣竿を手に持ったまま、下を向いてしまっている幸村の顔を覗きこむ。






「……ゆきむら?」






返事はない。
いつだって、呼べば振り返るのに。







「……ねたのか?」







春の陽気で気温は暖かく、空は晴れているけど、太陽の光はさほど強くない。
風は軟風、静かな空間で川のせせらぎが聞こえ、合間を縫って鳥の声。

昼寝をするには、良い環境。
そうして覗き込んだ顔は、案の定、眠っていた。
規則正しい寝息をして、釣竿を手に持ったままで夢路へ旅立ってしまったようだ。



政宗は釣竿を落として川に流してしまわないようにと、そっと幸村の手から釣竿を取り上げた。
それまでかろうじて釣竿を握っていた手は、力を入れる必要がなくなって、そのまますとんと膝上に落とされた。

体を支えるものがない事に少々の頼りなさを感じた政宗は、
持っていた自分の釣竿を石の隙間に引っ掛けて固定し、その場から立ち上がる。
と言っても別段何処に行く訳ではなく、幸村の顔を覗いて様子を伺う。
やや間が空いて、幸村が目覚める様子がないと知ってから、政宗は幸村をその腕に抱いた。
微かな揺れにぐずった幸村だったが、その瞳を開くことは無かった。

もといた場所に戻った政宗は、そっと幸村の体を横たえてやった。
自分は足を伸ばしてその傍らに座り、幸村の頭を足の上に乗せてやる。
川原の小石の痛みは背中にもあろうが、流石に其処までは庇えない。




幸村は改めて自分の置かれた状況に、落ち着かなさそうにもぞもぞと寝返りを打っていた。
けれどもしばらくすると気の置ける場所を見つけたのか、再び眠り込んでしまう。

幸村に当たらないように気を付けながら、政宗はまた釣竿を手に取った。








「…おきたらびっくりさせてやるからな」









ふわふわとした幸村の髪を撫でて、政宗は笑う。


幸村が目覚めた時、今までにない位の大きな魚を取っていよう。
最初に川遊びをした時、政宗は幸村よりも大きな魚を取る事が出来なかった。
それを此処で盛り返してやろうと思ったのだ。

けれども、幸村が膝上で眠っているのでは、強い引きに勝てる訳が無い。
其処を政宗は気付いていなかった。








だって嬉しかった。
こんなにも無防備に眠ってくれると言うことは、それほど幸村から信頼されていると言うことで。
膝上で丸くなってしまった友達が、自分もとても大事と言うことで。


こんなに嬉しいことはない。


奥州から甲斐に来るまでの道中で色々なものを見てきたけれど、こんなにも嬉しい瞬間はなかった。
勿論、小十郎と美味いものを食べるのも悪くないし、見た事のないものを見つけるのも楽しかった。

だけどこれは、それと比べて良いものじゃない。





















このままずっと一緒に遊べたら、






それはどんなに幸せなことだろう。