生きている。





















あの時、別れた時に願った、そのままで。




























人ごみと言うものは、どうにもなれない。

主君がやたらぼんやりしている人だったので、目付けとしてよく傍にいたりもしたが、
やはりいつまで経っても、慣れないものに慣れる事はなかった。


彼がもう少ししっかりしてくれていたら。
そうは思ってみるけれど、あの天然が入った主君を気に入っていたのも確かだった。
話の最中に団子を喉に詰まらせたり、切羽詰った話の最中なのに何かを食べたいと言い出したり、
暢気な人物だったが、合戦上に置いては鬼神の如き強さを見せてくれた。

その差があまりにも大き過ぎて、呆れた事も数知れない。

けれど子供のような笑顔が、あっさり全てを許させてしまうのだ。
甘いものを見た時に食べたいと強請ってきて、渋々買ってやって、それを食べた時だとか。
些細なものを見つけて、それが綺麗だったりした時の、嬉しそうな顔だとか。
師と敬っていた人に褒められた時の、舞い上がるぐらいのはしゃぎようだとか。
まだはっきりと覚えているそれらの表情に、絆されてしまうのは今も同じらしい。



手のかかる子供。
そんな風に思う事もあった。


あまり年は離れていないのだが、精神年齢に差があったように思う。
こちらが達観していたのか、それとも彼の方が幼かったのか。

あの幼さは、育った環境によるものなのだろうか。
閉ざされてはいないが、限られた空間で育ち、ずっと同じものだけを見据えて生きていた。
目指すものはただ一つだけだったから、それ以外のものにてんで鈍くなっていた。
誰もそれを指摘して物を言う人はいなかった、いたのは本当に自分ぐらいだったと思う。

間が抜けていても、彼の実力が周りを黙らせていた。
真っ向切って小言を言うのは、自分だけだった。


元服もとっくに済ましていたのに、いつまでも子犬のようだった。
尻尾でもあろうものなら、いつも千切れんばかりに振られていただろう。












今も何処かで、そんな風に過ごしているんだろうか。





















「……ごーかく、かな」



団子の最後の一本を食べ終えて、猿飛佐助は呟いた。

甘めのその団子は、きっと彼の口に合うだろう。
あの甘党振りが健在ならば、の話だが。



「じーさん、勘定頼むわ」
「あいよ」



団子屋の主がひょいっと顔を出した。



「見かけない顔だね、あんた」
「ああ、長旅の途中だ。探しもんしててね」



佐助の言葉に、店主はふぅん、と流す。

団子はそれなりにいい値段だったが、味が良かったので良しとしよう。
正直、自分が食べるには少々甘さが過ぎたのだが、彼に食べさせるのなら十分だ。



「探しもんってのは、なんだい?」
「人だよ」



俺の大事な人、と言ってみれば、女か、とお決まりの言葉が返ってきた。
予想の範囲内の言葉だったので、動じる事もなく首を横に振った。

大事だという事に、間違いは無い。
けれど其処から女、という発想には、行き届かなかった。
探している人物は小柄で細身ではあるけれど、正真正銘の男なのだ。
佐助がかつて――――いや、今も主と認めている人物は。



「何処から来たんだ?」
「甲斐だよ。お陰でこっちは寒くてしょうがねぇ」



寒波がぶつかっているらしい奥州は、佐助には少々辛い気候となっていた。
そんな文句を愚痴ってみれば、これからもっと寒くなると言われた。
げぇ、と漏らせば、ここいらでは毎度の事だと笑い飛ばされてしまった。


それはそうだろう、この地に住んでいる者ならば。
けれど生憎、佐助は甲斐の出身だ。
職業柄あちこち各国に飛び回ることはあったが、基本的には甲斐に身を置いていた。
やはり奥州の方の寒さには、未だに慣れることが出来ずにいる。

最南端の島津とどちらがいいと言われると、どちらも嫌だと応える。
極端に暑いのも、極端に寒いのも、出来ればご遠慮願いたいものである。



けれど琉球はもっと暑くて、蝦夷はもっと寒いのだと聞いた。
行って見たいとは思うが、行きたくないのも本心だ。




ついでに団子を三本、土産に買う事にした。
あの人には渡せないだろうけど、最早癖になってしまったのだろうか。

以前もこうやって、主君への報告帰りに団子屋に寄る彼を先回りして、買ってやっていたものだった。
立ち寄る店は大抵甘味物を扱っていて、あまりに頻度が多いから、佐助まで顔を覚えられてしまった。
忍頭としてどうなんだろうなぁと思いつつ、足が向くのを止める事は出来なかった。
それは恐らく、団子を渡した時の主の顔が嫌いではなかったからだろう。



「甘いもんが好きな奴でさ、甲斐で評判の甘味屋の売れ行きは凄かったぜ」
「へぇ。じゃあ、見つけられたら連れて来てくれよ。特別に食わしてやるよ」
「そりゃ有り難い。けど、あの人結構食うから危ねぇかもよ?」



それならそれで腕が鳴る、と。
商売っ気を見せる店主に、佐助もクツクツと笑う。




「しかし、甲斐から来たのか。あっちは今、大変な時期なんじゃないのか?」
「ああ……そうだな。けど、俺にゃあ家族も何もねぇから」




留まっててもしょうがなかった、と言えば。
店主は苦笑いして、団子を手渡してくれた。












織田との合戦を終えて、早幾月。
あれから武田は、衰退の一途を辿っている。

その最中、佐助は武田勝頼からとある命を受けた。
期限は特に定められていない、果たした後は佐助の自由にして良いと言われた。
そういった命令を下すのはあの人の役目だったのだが、彼がいないのだから仕方が無い。

下された命令も、正直、佐助が待ち望んでいたものだった。





あの人を探す事。

本人でも、墓でもいい。
彼がいると、いたという事を確認できれば、それで任務は終わりになる。





仕事は仕事と割り切るが、佐助は縛られるのがあまり好きではなかった。
彼の面倒を何かしらと見ていたのも、どちらかと言えば自分が勝手にしていた事だ。
彼はそれを子供扱いと見て、拗ねた顔をしていたけれど、単純にしたいと思ってしていた事。
傍にいたい、守りたいと思っての行動だった。

別に守らなければ成らないほど、彼が弱い存在だった訳ではない。
甲斐だけでなく、近隣諸国まで、あの紅蓮の二槍の名は轟いていた。
守ろうなんて思うのが間違い、とまで行かずとも、過保護なものであろう。

傍にいたいと、思う事も。


織田との合戦の最中に、彼を逃がした。
あれから当然の事だが、音信不通である。

何処かで討たれたのでなければ、ひっそりと暮らしているのだろう。
けれども、命を受けて探し始めてからかなりの時間が経つが、まともな情報が殆どないのはどういう訳か。
やはり道中、何処かで命を落としてしまったのかも知れない。
もしもそれが深い山奥であったりしたら、討った者までがそれを知らせる間もなく死んだのだとしたら、
情報が殆どないというのにも頷けるけれど―――――諦めが利かなかった。

こうなったら、本土を全部回ってでも見ないと納得が行かない。
それほどまでに、佐助は彼の姿を追い求めていた。



いつも隣にあったから。
いつも前にあったから。
いつも背中にいたから。

それがないのが、酷く落ち着かなくて仕方が無かった。
手を伸ばしたら届く距離にいるのが、定位置だったから。








ずっとずっと、探している。



























「……餡蜜屋か……いたりしてなぁ」



通りがかった店の旗を見て、思った。

此処で彼がいたのなら、寄って行こうと言い出すのだろう。
なんせ茶に砂糖を入れるような甘党だ、幾らでも食えると思う。


ざわざわと人々の活気が絶えない空間。
どうにも慣れないのだが、この場を離れていけないのも事実。
こう言った場所の方が情報収集に良いのは、長年忍頭をしているからよく判っている。



「けど……流石に奥州は遠かったかな……」



逃がす方法が、川の激流に流すという無茶苦茶なものだった。
多勢に無勢で、状況も不利だったのでそんな手段を取ったが、後から大丈夫だろうかと気にかかった。
その場を退け、合戦も良くない方向ながらも区切りがついてから探しに行ったが、
川を下れども下れども、彼の姿を見つける事は出来なかった。
点々と落ちていた血は途中で途切れて、指し示すような物も見付からず、捜索は断念する結果になった。

甲斐は勿論、信濃や美濃、上野、駿河も探してみたが、見付からなかった。
死体もなかったから、誰か旅人が見つけて連れ帰ったのかも知れない。
仮説を立てれば幾らでも出てくるので、余計に佐助は諦められなかった。


だが奥州は幾らなんでも遠かった。
距離があるので姿を眩ますには最適であるが、此処まで来れる体力があったのか。
いなくなってから歳月が経っているので、有り得ない話ではないのだが。


幾ら考えても、彼が死んだという結論にだけは行き着いてくれないのだ。
考えれば考えるほど、次はあそこに、もしかしたら此処に、と思う。




「……何処にいんだぃ、あんたは」





いつだって、目に付く場所にいたくせに。

何処にいたって、目に付くぐらい目立ってたくせに。

あんたは、知らないだろうけど。





あの紅蓮が、もう一度みたい。
もう合戦に出る事は出来ないかも知れないけれど、もう一度。

鮮やかに舞う紅蓮を。
太陽のような笑顔を。
もう一度、見てみたい。







「真田の旦那よ…………」








子供の頃から、彼の事を知っている。
彼の家に仕える忍びだから、当然と言えば当然だが。

いつも誰かの後を追い駆けて、まるで子犬のようだった。
幼い日は、そうやって佐助の後ろをついてくる事もあったものだ。


今も、誰かの後ろをついて歩いているのだろうか。









「あらぁ、幸ちゃん、お使い?」




ふと聞こえてきた声に、佐助は気紛れに首を巡らせた。
先程通り過ぎた餡蜜屋の前に立っている、一人の少年。

明るい色の長い髪を、首から少し上の辺りで、赤い紐で結っている。
その後姿があまりにも彼とそっくりだったから、佐助は思わず息を呑んだ。


背格好の似ている人間など、幾らでもいる。
考え込みすぎたな、と思いながら、佐助はまた歩き出した。



「坊主、走るとまた転ぶぞぉ」
「あんた、幸ちゃんにあれあげてよ。試作があったろ。食べて貰おうよ」
「おう、これだこれだ。ほら、ちょっとこっち来い」



随分好かれているだな、と思ったら、また被ってしまった。
雰囲気は柔らかで、どこかふわふわしている。
ああいうのはどうしてか、放っておけない性質らしい。



「相変わらず美味そうに喰うなぁ。で、どうだ?」



そう言えば、彼もよく試食に使われていたか。
あまりに美味そうに喰うものだから、甘けりゃなんでもいいんだろ、と突っ込んだ記憶がある。
その時彼は、唇を尖らせてそんな事はないと言っていたけれど、説得力は皆無だった。

あの少年の評価はどんなものなんだろうかと、佐助は足を止めて振り返った。
こちらに背中を向けている少年の顔は、当然ながら見えなかった。
けれど変わりに、餡蜜屋の夫婦の表情が笑顔になって行く。
どうやら高評価を得たらしい。


後で、あの餡蜜屋も寄ってみる事に決めた。




「じゃあこれ、土産にして行きな」
「幸ちゃんには贔屓にして貰ってるからねぇ」
「これから寒くなるから、あったかくして寝んなきゃ駄目だぞ」
「幸ちゃんには、ちょいと辛いかもねぇ、この時期は」
「また来てくれよ、坊主」



くしゃくしゃ、と大きな手が少年の頭を撫ぜた。
少年は小さく頷くと、踵を返して駆け出す。


その、顔は。






















「…………旦那………!!?」


























擦れ違い様、呼んだ。

けれど少年は、佐助に気付く事もなく走り去っていった。



「ちょっ……真田の旦那!」



そう呼べば、いつだって立ち止まって振り向いた筈だった。
だが少年は真っ直ぐ前だけを見て、人ごみの中を駆け抜けていく。
















伸ばした手は、主を掴む事は出来なくて。

けれど佐助は、笑っていた。




























生きて、いた。



生きてくれと、願った時の姿、そのままで。