生きて、そして笑ってくれよ それだけ、ずっと願ってる 「頭、片付いたぞ」 「……おう」 「またこちらは随分と時間がかかったのだな」 佐助よりも年上で上背の男がこちらに歩み寄ってくる。 霧隠才蔵である。 佐助よりも落ち着いた風のこの男は、目尻がきついお陰で幼い主によく泣かれる。 その都度、少なからず落ち込んでいるとは、主の知る所ではないだろう。 「もー疲れが溜まっててよ。眠いんだよ、俺も」 「頭がそんな事でどうする」 「はいはい。判ってますよ」 小煩い説教が始まる前に、佐助は話を切り上げる事にした。 地面には幾つかの知らぬ者の屍が転がっている。 さっき片付けたばかりだというのに、また処理しなければ。 本当に最近の頻度と来たら、堪ったものではない。 水も浴びたばかりだというのに、また洗い流さなければいけない。 服の替えがあればいいけれど、どうだろう。 「そっちは何人いたんだ?」 「一人だ」 「楽でいいなぁ。こっちは三人だぜ」 「鎌之助と伊佐入道の所にも三人いたそうだ」 「……全部で七人か……」 これ以上増やされるのは辛い。 少数精鋭で組まれているこの真田隊は、数で攻め込まれると少々辛いものがある。 「旦那にも気付かれるかも知れねえしな……」 地面に転がる屍を蹴る。 呪われるかな、と思うが、幽霊の怨念なんて信じていない。 生きている人間の方がよっぽど恐ろしいものだと知っている。 それよりも心配なのは、いつ主にこの事態に気付かれるかと言う事だ。 現在の状態が続くのであるならば防ごうと思えば防げるとは思うけれど、 数が増やされれば―――或いは、敵方が形振り構わなくなると厄介である。 不安定な状態だというのに、これ以上の不安を与える訳にはいかない。 彼が支柱となるものを見つけられるようになるまでは、この現状を知らせてはならない。 そんな佐助の心情を知ってか知らずか。 恐らく判っているのであろうが、才蔵は溜息を吐く。 「いっそ知らせてくれれば、こんなにもこそこそしなくて済むのだがな」 その言葉は的を外れてはいない。 確かに知らせてしまえば、こんなにも余分な労力を使わなくても済むのだ。 音を立てずに刺客を殺し、何事もなかったかのように処分する。 そして朝起きて来る主に、何も知らせないまま、何もないように日々を過ごす。 思っている以上、それは体力と気力を要する事であった。 だが佐助は、首を横に振る。 「旦那にゃ知らせねぇ。だからお前も言うな」 「……ご執心な事だな」 「そりゃあ俺達の主だぜ? 大事にしねぇと」 「そうではない」 切れ長の双眸が、佐助に向けられる。 睨んでいるようにも見えなくない。 「お前の執着は、主従のものではない」 痛いことを言われる。 茶化せるような空気ではない。 主従のものではない、執着。 どうやら、やはり捨て切れていないらしい。 簡単に捨てられなくて当たり前だ、主が物心着く以前から抱いていた感情だ。 最早染込んでしまったかのように、それは当たり前の如く佐助の心の中に居場所を作り上げている。 捨て去ったつもりであっても、ふとした瞬間にそれは容易く蘇ってしまう。 忍としてはあってはならない事だろう。 影が感情を持ってはならない。 けれど、手放せないこの感情は。 「頭!!」 空気を切り裂くように、呼ぶ声。 切羽詰ったその声は、十蔵のものであった。 才蔵と同時に振り向けば、青ざめた顔の彼が走ってきている。 「十蔵、どうした?」 佐助の変わりに、才蔵が問う。 「鎌之助達が一人逃した。外には行っていない、早く幸村様の下に…!」 「まじかよ!? すぐ行く、警備固めとけ! 才蔵、あと任す!」 返事を聞く前に、佐助は駆け出した。 放っておいても、後は才蔵と海野六郎が上手くやってくれるだろう。 何より、今は幼い主の事しか頭になかった。 「旦那!!!」 ぱぁん、と襖を開ける音が響いた。 目的の人物は、驚いた表情でこちらを見ている。 大きな瞳が一際多く開かれており、目尻から涙が零れていた。 けれど佐助の姿を確認すると、名を呼ぶ間もなく佐助に抱きつく。 佐助が部屋に戻ってくるとは思っていなかったのだろう。 今度こそ離さないと言うように、幼いは佐助の服をしっかりと掴み握っている。 幼い主の身体には、傷らしいものは一つも無かった。 部屋の中も何か探ったような後もない。 どうやら、まだ此処にはやって来ていないらしい。 傍を離れない方が無難だろう。 片がつけば、誰かが連絡に来るはずだ。 「…終わったよ」 「なんだったんだ?」 「ちょっと小言。何もこんな時じゃなくてもいーのになぁ」 そう思うだろ? と顔を覗き込んで語りかける。 主はほんの少し笑って、小さく頷いた。 「……佐助」 「うん?」 「…さっきの話」 さっき。 多分、才蔵に呼ばれる直前の事だろう。 なんと応えていいのか、佐助にも判らない。 判りようはずがなかった。 きっと適当に言い包めてしまえば良いのだろうけれど。 それは、出来なかった。 その時だ。 先刻とは違った、空気を切り裂くような、気配。 「旦那…!!」 「さ……!?」 頭上から振り下ろされた刃。 主を抱えて、佐助は部屋の奥へと跳んだ。 奥にあった襖を倒して、佐助は主もろとも床に転がる。 腕の中の子供は、何がなんだか判らない、という顔をしていた。 片腕で主を抱えて、空いていた反対の手で反動をつけて起き上がる。 先程まで自分たちが立っていた場所に、黒頭巾に黒い装束の忍者が立っている。 かなり出来る者である事が伺い知れた。 鎌之助と伊佐入道の二人から逃れてまで此処にやってきたのだ。 油断は出来ないが、腕の中の主を離す事が出来ない。 いや、どちらかと言えば主の方が離れようとしないのだ。 不安定な精神状態で巻き込まれた、混乱。 小さな躯が震えている。 「真田幸村…お命頂戴!」 「ざけんなよ!」 幸村を背中に庇って、大型手裏剣を構える。 真正面から突っ込んでくるのは、馬鹿なのか自信の表れなのか。 「佐助…!?」 「旦那、下がれ! …っく…!」 訳が判らない、そんな感情がありありと浮かべられる幼い顔。 それを確認する事も出来ぬまま、佐助は忍者の腹を蹴り飛ばした。 畳に叩きつけられた忍者は、すぐに体制を立て直す。 主を逃がす暇もない。 派手な音の一つでもあれば、才蔵達が急ぎ来るだろう。 懐に忍ばせていた閃光弾を叩きつけると、視界が真っ白に染まる。 しかし佐助は投げつける直前に眼を閉じ、射る光から逃れた。 眩暈を起こす主を引っ張って、佐助は部屋を飛び出た。 「佐助、一体どうした!?」 「いいから旦那は黙ってついて来い!」 「佐助……!」 最早忍んでいる暇などない。 早くこの幼い主を安全な場所に連れて行かなければ。 けれど、相手の忍者も立ち直りが早く、背中の方に殺気を感じる。 もう少し伸びててくれてもいいだろうと思いつつ、佐助はちらりと後ろを見遣った。 投げつけられた苦無を大型手裏剣で叩き落す。 繋いだままの手が、恐怖に震えているのが伝わってきた。 一気に忍者が距離を詰める。 舌打ちして、佐助は足を止めた。 同じく主も足を止めたが、佐助は方向を反転させると、背中に主を庇う。 「旦那、行け!」 「え……」 「早く!」 肩越しに睨むように、怒鳴るようにして言うと、気圧されたか、小さく頷いた。 しかし。 「……っ佐助……!」 引き攣った声で名を呼ばれた直後、背中に小さな躯が当たる。 手裏剣を構えたままで後ろを伺うと、其処にも幾つかの影がある。 新手だ。 全く、今日は大漁だ。 嬉しくもなんともないけれど。 「……しつこい野郎は、嫌われるぜ」 返事などある筈がない。 嫌な汗が流れるのが判った。 囲まれている。 幼い主が背中にしがみついた。 緋色が漆黒の闇の中、映える。 続→ |