もう届かない もう赦されない けど、あんたから離れたりしないから 明日になったら、笑ってくれよ ギイン、と甲高い煩い音が響く。 その都度、背中の子供が身を竦ませる。 暗闇の中で、濃い緋色が浮かび上がって見える。 こちらから攻める暇などない、次から次へと飛び掛ってくる。 背中かから離れようとしない幼子を伺いながら、佐助は周囲の気配を探っていた。 現在此処にいる者の他に潜んでいる気配は感じられない。 これで最後であるなら良いのだが。 「御免!!」 振り下ろされた刀の刃を、佐助は大型手裏剣で受け止める。 暗器として仕込んでいた特性の糸で、忍者の腕を絡め取った。 そのまま大きく横薙ぎに振るえば、周りを巻き込んで吹っ飛んだ。 糸を引き戻し、佐助は両手に大型手裏剣を構えた。 最近手入れする暇もなかった所為で、赤い錆がこびり付いているのが判る。 これでは殺傷力はかなり落ちているだろう。 じりじりと距離を詰めようと隙を伺う忍者達。 「働かさせすぎでしょーが…これは……」 どう考えたって給与外の仕事までしている気がする。 最も、自分が進んでやっている事でもあるのだけれど。 「佐助…」 「泣くなよ」 恐怖感からか、既に主の声は引き攣り、泣き出す一歩手前のものとなっていた。 佐助の言葉に、主は唾を飲んで堪えようとしている。 振り返って抱き締められたら、いいのに。 数の不利に苦い顔をしながらも、佐助は暗殺者を残らず始末した。 すぐに才蔵がやって来て、処理を頼む。 息を呑んだのは、その後だ。 「…………旦那………」 壁に背中を預けて、自分の身体を掻き抱いて震えている主。 怪我がないことは安堵したけれど、その表情は恐怖に引き攣っていた。 その視線の先には、夥しい紅。 奪うことを知らないこの幼い主に、今の光景はどのように映っているのだろう。 刃を振り翳して、護るという大義名分の下、眼前で行われた殺戮。 父を、兄を失い、今度は目の前で、名も知らぬ者の命が失われる現実。 乱世であるこの時代、甘えた事を言っていては殺されるだけだ。 けれども、幼い主には、まだその事がよく判らないのだ。 いつか兄と並んで戦場に立つのだと言ってはいたけれど、その先の悲しみは知らなかった。 戦をすれば誰かが死ぬ、そして誰かが悲しみ、誰かが憎み――――その連鎖なのだと。 だから、いい加減に諦めてくれと言ったのに。 床に転がる屍を思い、佐助は胸中で呟いた。 「旦那、怪我してねぇな?」 確認するが、返事はなかった。 佐助を見上げてきた瞳は、涙に濡れている。 声が出ないのか、酸素を失った魚のように口を開閉させていた。 「ねぇなら安心だ。疲れただろ、もう寝ろよ。傍にいるから」 くしゃ、と柔らかい髪を撫ぜた。 それを皮切りに、主の頬に大粒の涙が伝い流れた。 暗い部屋の中で、幼い主は佐助から離れようとしなかった。 布団の中で寝ろというのに、佐助にかじりついたままだ。 困った顔をして見詰めるものの、佐助の眼は、柔らかい。 血の匂いを、まだ落としていない。 最も、もう全部は落ちてくれないだろうけれど。 「旦那、そろそろ寝て下さいよ。俺もぐったりでさ…」 主が寝るまで、自分が寝るわけにはいかない。 誰に言われた訳でもないが、佐助はそう決めていた。 「……佐助が名で呼んだら寝る」 「なんだそりゃあ」 主の言葉に、佐助は苦笑いする。 「もう疲れたでしょ。ほら、半眼だぜ?」 主の頭を撫でてやれば、気持ち良さそうに瞳を閉じかける。 けれども眼を擦り、どうにか意識を保とうとする。 この幼い主が、意外と意固地である事を自分はよく知っている。 一度決めると、誰になんと言われようと聞かない性格だ。 「眠いんでしょ?」 「眠くない…」 小さく首を横に振る主だけれど、あと数分もすれば眠ってしまうだろう。 手招く睡魔に勝つには、今晩は疲労が溜まっている。 早く眠ってしまうのが一番いい。 散々泣いた後に、あの騒ぎ。 恐怖に引き攣って、それからまた大きな声で泣いて。 まるで涙腺が壊れてしまったようだった。 ぽんぽん、と背中を叩いてやると、何かがじわりと佐助の服を濡らす。 それが一体何かなど、考えなくても判る事だ。 本当にこの主は、よく泣くものだ。 「ほら、な?」 早く寝て。 早く寝てくれ。 じゃないと。 「さすけ……なまえ………」 「呼んでるでしょ。旦那って」 違う、と小さく首を横に振る主。 応えられないのがもどかしい。 応えられない自分に苛々する。 けれど、自分で決めたことなのだから。 名前は、もう呼べない。 抱き締めると、衣擦れの音がした。 緋色の着物は、この主によく似合う。 きっと、誰よりも。 だけど。 身勝手な事だとは思うけれど。 あの“紅”には、染まらないで欲しかった。 いつの間にか、小さな寝息が聞こえてきた。 それでも佐助にしがみつく手の力は強く、しばらく解放されそうにない。 朝までこのままかも知れない、そうなる予感はした。 自分と四つ五つしか違わぬというのに、幼い躯は酷く小さい。 その軽い身体を抱き上げて、傍に強いてあった布団に横たえてやる。 「………旦那」 呼ぶと、抗議するように、愚図るように引っ張る小柄な手。 きっともう直ぐ、この手も離れていってしまうのだろう。 そして、もう伸ばされる事もないのだろう。 それを思うと、少しだけ淋しい気がした。 「……捨てたんじゃ、なかったのかよ」 呟かれた言葉は、静かな部屋の中で反響して、消える。 捨てたのではなかったか。 この感情は。 捨てたはずだ。 ならば何故、こんな思いが未だにあるのか。 戻れる筈もないのに。 これで、終わりにしよう。 最後にしよう。 「………幸」 おやすみ。 幸。 俺の、たった一人の主。 あんたの望むようには、もういられないけど。 ずっと、傍にいるから。 あんたは、俺が護るから。 捏造真田十勇士。 っつーか名前だけ拝借(汗)。 うちの佐助は、幸村と兄弟みたいな感じで育ってます。 |