籠の中の小鳥
そう、見えたんだ
奥州の独眼竜・伊達政宗と同盟を組んだ。
それは、長曾我部元親にとって、現状況に置いてこの上ない最良の采配であり、唯一の選択肢だった。
本来、同盟にしろ和睦にしろ、初期段階では互いの文の遣り取りから始まる。
それを全て無視して、御大将自らが直接、相手の大将のもとに馳せ参じた。
察しの良い北の竜はその旨を言葉なくとも早々に理解し、同盟成立は驚くべき速さで樹立した。
この知らせを直ぐに四国に知らせなければ鳴らない。
だが御大将自らが動くという本来ならば在り得ない事態を、周囲の国々が懸念していない訳がない。
特に四国と瀬戸内海を挟んで隣接する中国、その中国を攻め落とさんとする織田は、この事態を放って置いてはくれまい。
火急の知らせすら早馬を使っても確かに伝わるかは危ういところであった。
そんな現状でどうやって、同盟と言う地獄に仏の知らせを家臣に伝えるのか。
元親の想像に漏れず、政宗は疑問に思って訊ねてきた。
―――――――やはり、他者の知らぬ者を披露する瞬間とは気持ちの良いものだ。
元親は伊達政宗以下臣下を城の中庭へと連れ出し、待たせていた臣下の一人に文を手渡した。
臣下は鳩を数羽取り出して、その足に文を括りつけると、一斉に空へと解き放ったのである。
「――――こいつで、うちの奴等には同盟の知らせが伝わる筈だ」
飛び去った鳩達を見送って振り返れば、伊達政宗は判りやすく胡散臭そうな顔をしている。
「……鳩なんぞでどうやって連絡取るってんだよ」
「ただの鳩じゃねぇさ。ちゃんと訓練してあんだよ」
「…明後日の方向飛んで行っちまうんじゃねえのか」
「へっ。これだから奥州の田舎モンはいけねぇな」
元親の言葉は、当然政宗の癪に障ったのだろう。
だが政宗当人よりも、周囲に控える臣下達の方が腹に据えかねたらしい。
同盟を結んだばかりだと言うのに、血気盛んな奥州の家臣達が、剣呑な空気を漂わせる。
それを政宗は手で制し、説明してみろと元親に視線を寄越した。
「奴等は巣に帰るんだ」
「巣?」
「動物には帰巣本能ってモンがある。犬が見知らぬ場所に連れて行かれても、自分で自分の家に帰って来るのがそうだ」
「犬は鼻が効くからだろ。鳥は目は冴えてるが、此処から四国までどれだけあると思ってんだ。海もあんだろ」
「俺も最初に聞いた時は眉唾モンだと思ったんだが、これが中々、役に立つんだよ」
四国の元親の砦に、飛び去った鳩達の巣があり、其処には家族がある。
帰還することが巣から引き離された鳩達の、第一の使命なのだ。
一羽ではなく複数飛ばすのは、鷲や鷹と言った猛禽類に襲われる事は皆無ではない。
稀に迷い鳥というものも生まれるので、その防止策として、複数の鳩に同じ文章の文を括り付けて飛ばすのだ。
地上では織田の網が幾重にも張り巡らされている。
海も同様、しかし空までは幾ら魔王と恐れられる織田信長でも防ぎようがないだろう。
使う鳩もカワラバトいう種で、この日の本の国には遥か昔から存在している。
今更上空を鳩が飛来して行こうと、気にする者などいないのだ。
この、伝書鳩という通信手段を知らぬ限りは。
「伝達が一方通行なのは、改良も考えモンだが、今はこれでも十分だろ」
「ふーん……確実性はともかく、バレる心配は減る訳だな」
元親の起こした行動とその結果を、早々に周辺諸国に知られてはならない。
行動の発端や理由の憶測は飛び交うだろうが、結果の真実をそのまま知られるよりは良い。
特に、織田信長と、急成長を見せる豊臣秀吉には。
「さてと……これで俺の用件は片付いて、ウチの子分共も一安心って訳だ」
「そんで、こっちも仕込刀が一本増えたってぇ事だな」
ニィ、と悪人染みた笑みを浮かべたのは、どちらが先だったか。
「とは言っても、これでおさらばには、ならねえんだろう?」
政宗の言葉に、当然、と元親は頷いた。
此処で元親が、政宗相手に同盟・和睦の契りを粘っているように見せてこそ、時間稼ぎになる。
元親としては、さっさと自国に戻って防衛に率先したいが、急いては事をし損じる。
中国の様子に関しては、伊達軍が抱えているという忍隊が情報を集めてくれることだろう。
「しばらくは猿芝居に付き合ってもらうぜ」
「お互い様だ」
織田も豊臣も、この程度の三文芝居に長々付き合ってはくれない。
だが直ぐに動くことはないだろうし、元親の行動の結果が如何であったのか、そして独眼竜がどう出るのか、
両軍共に見極めることが必要で、それには僅かであるが、時間を要するだろう。
それでいい、時間稼ぎはほんの束の間で十分だ。
その僅かな時間を使って、奥州と四国の結束を強め、対策を立てる。
この常に時代が動く戦国の世、一分一秒の差異を無にする訳がない。
「そんじゃあ親睦深める為に、一つ宴会でもしたいもんだが――――――」
奥州に来るに当たって、元親は、当然土産を持参している。
幾ら政宗と元親の立場が似合いの状態であり、同盟の申し出を放棄できる状況ではないとは言え、手ぶらは失礼だ。
酒の一つや二つは持ってくるのが自然なことだった。
どうせ飲むなら、景気良く飲みたいものだ。
元親は形式ばった杯を交わすよりも、判り易く派手好きだ。
美味い酒は楽しく飲む方が断然良い。
しかし元親とて現状がそんなお気楽なものではない事ぐらい、重々承知している。
酒の席とは言え、和気藹々とするのは如何なものか―――――。
と、ぽんと肩を叩かれて、振り返ると顔に傷の目立つ大柄な男がにぃっと人好きそうな笑みを浮かべ、
「いいじゃねぇか、酒は楽しく飲むもんだ。だろう、政宗様よ」
「……綱元、てめぇ飲みたいだけだろ」
じろりと主君に睨まれながら、綱元と呼ばれた男は平然としている。
その横から、ひょいっと小柄な少年が顔を見せた。
「殿、いいではないか。皆も宴は好きだから」
「……成実…お前な……」
「な? 成実もこう言ってんだ」
綱元。
名は元親も知っている、鬼庭綱元だ。
成実。
こちらも知っている、伊達政宗の従兄弟の伊達成実。
溜め息が聞こえて振り返れば、片倉小十郎が立っている。
伊達の三傑、と呼ばれる三人の家臣だ。
宴に賛成の意を示す綱元と成実に、政宗は頭をぐしゃぐしゃと掻いた。
小十郎は止めるのも無駄と知っているのか、溜め息を吐くものの、止めようとはしない。
伊達軍の二人が宴をしようと言うものだから、それは他の家臣達にも広がって行った。
波状効果に巻き込まれて、元親の子分達もやる気になっている。
(問題ねぇって言うなら、俺はパーッとやりてぇが)
此処は元親の自国ではなく、政宗が統治する奥州である。
郷に入りては、郷に従え。
だが、やはり気持ちは宴の方向に傾いている。
持参した四国の酒も、元親お気に入りの酒だ。
奥州の地酒も勿論飲んでみたいし、酒の肴も美味いだろう。
からくりの話をすれば大抵の人間は食いつくから、自慢話を披露してやるのも悪くない。
どうも伊達軍と長曾我部軍の気質は似ているようだから、楽しい宴会になるだろう。
元親の家臣は、既に宴気分になりつつある。
織田を警戒し、毛利の様子を伺い、外国貿易所か、宴も随分久しぶりになるのだ。
暫くは此処に腰を据えなければならないのだし、遠からぬうちに戦になる。
酒は飲みたい時に飲んでおきたい。
「――――俺としても、折角の酒は味が落ちねえ内に飲んでもらいたいんだが」
それとなく土産の事を口に出せば、小十郎だけでなく、今度は政宗も溜め息をついた。
相手の大将からも進言されては、同盟を結んだ仲として、無碍にする事は出来ない。
土産の品はありがたく頂戴してもらわねばならないし、此処で駄目だと言えばお互いに心象が悪くなる。
「ああもう、お前ら勝手にやりやがれ」
「殿はどうするんだ?」
「小十郎、後任せたからな!」
「は!? ちょっ……政宗様!」
成実の質問を態度で表して、政宗はくるりと踵を返した。
それを元親が引き止める。
「ちょっと待てよ、伊達さんよ」
「あ?」
「俺が宴に出るんだから、アンタも出なきゃ可笑しいだろうよ」
「……………」
同盟を組んだとは言え、腹黒い人間とはいるものである。
鬼のいぬ間に良からぬ事を企む家臣が皆無とは言えないのだ。
無論、元親とて自分の家臣にそんな人間がいるとは思いたくないが、自分達が背負っているものは大きい。
妬まれていようと、慕われていようと、其処に暗雲とした画策が起きるのも何も不思議ではないのだ。
だから、引き止めた元親の言葉には何も間違いはない筈だ。
しかし、政宗は判り易く表情を曇らせた。
「四国の酒は俺も気になるが、悪ィが今日は辞退させて貰うぜ」
「あぁ?」
「外せねぇ予定があるんだよ」
くるりと元親に背を向けて、政宗は砦に戻る足をまた動かす。
「なんだ? 女か? 奥州の竜は嫁さんが怖ぇってか」
一国の主が自分の奥方に頭が上がらぬというのは、珍しい話ではない。
元親も独り身だが、子分達の中に家族を持つ者は当然いて、勇猛果敢な子分が家ではまるで下男扱いという話も聞く。
女は“女”でいる間は淑やかだが、“妻”になった途端に強くなる者もいる。
ある意味、障害敵わぬ存在かも知れないと思うこともある。
ぴたりと足を止めて胡乱げに元親を睨む政宗。
元親の言葉に反応したのは政宗だけではなく、元親の隣で綱元が豪快に笑い、成実が腹を抱え出す。
「ははは! 女か! だったら良かったのにな、政宗様よ!」
「女ならば、まだあしらい様もあるだろうになぁ、殿!」
「Shit! るせーぞ、お前ら!!」
「なんだ、要するにハズレか?」
見れば、小十郎以下、他の伊達軍の兵士達まで笑っている。
数名は渋い顔をしていたが、それは呆れのようなものだった。
「―――――政宗様。そろそろ戻らねば、また拗ねられますよ」
「……んな事ぁ判ってんだよ。そういう訳だ、宴はお前らで楽しめや。酒は一本貰っとくぜ」
小十郎に促されて、政宗はひらひらと手を振ってまた背を向けた。
やって良いと言うなら、好きにやらせて貰うとしよう。
政宗の行動に少々疑問は残るが、何も後ろめたいことではないのだろう。
それじゃあ早速、土産の荷を降ろしに行くか―――――と、元親も政宗とは反対方向へ足を向けようとした。
その時だ。
「まさむね―――――!!」
それはそれは、場違いな声が当りに響き渡り、
「幸――――ッ!! お前大人しくしてろって言っただろーが!!!」
…………まるで親が子を叱るような声が、砦一体に響き渡ったのである。
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伝書鳩が大々的に広まったのは、江戸時代です。
でも外国貿易でからくりを仕入れてる元親なら、こういう話もなんか聞いてるんじゃないかなーと。
思いの他、伊達三傑を書くのが楽しいです(笑)。