雲は竜に従い、風は虎に従う











さぁ進め



留まる場所など何処にもない

留まる理由など何処にもない







止まるな

止まるな


さぁ進め










道を塞ぐものなど全て跡形もなくぶち壊して






































お館様に合わせる顔がない。

また煩い小言を聞かなきゃならねえ。




最初に思っていたのはそんな事だった。
それは本体から逸れ、一人敵陣の只中に残された自分の間抜けさから来たものだった。
当たり前だ、一隊を率いる者が、一国を纏める者が、こんな所で陸の孤島に残されるなど。
情けないやら、阿呆みたいやら、とにかく色んな意味で泣きたくもなった。






何故、こやつが。

なんで、こいつが。




偶然のもたらしたものか、それとも何者かが示し合わせてのものなのか。
それは全く、どちらであっても構わなかったし、知った事ではなかったのだが、それでもそんな言葉が脳裏を過ぎった。
相手がどんな経緯で此処にいるかなど関係なく、最初は互いに警戒して刃を交えた。
そうしている内にその行為に今はなんの意味も持たないと、言葉でなく互いに感じたような気もした。







何故、この者と。

なんで、こいつと。




暴れ疲れて二人離れ、背中を向け合わせて腰を落とした。
お互いに傷だらけで挙句雨に降られて状況は最悪だったのだが、何故だろうか。
この時だけは焦りも逸りも何もなく、心中はただ穏やかだったと覚えている。
その理由を理解する事になるのは、ほんの少し後の話だった。






































丘の向こうで三つの軍がもつれ合っているのを見つけたのは、幸村だった。



雨音の向こうに耳慣れた音を聞いたと言って突然駆け出したのを、政宗は呆れた表情で追い駆けた。
陸の孤島に二人残されれば否応なくても呉越同舟の気分になるのは無理もない。
如何に互いに人並み外れた戦闘能力を有しているとは言え、政宗も幸村も満身創痍の井出たちであった。
此処に野党の集団でも現れようものなら、結果がどうなるかは、正直不明瞭であったのだ。

また政宗も、幸村のように聞こえてはいなかったけれど、何処かでその音を感じ取っていたのかも知れない。
五感でない何処かで、言うなればこの時代に生まれ只中を突き進んできた者のみが抱くもので。


音を辿って一つ高い丘の天辺まで来た所で、目指した音の正体が其処にはあった。
走った所為で少し肩で息を上げていた幸村の少し後ろから、政宗もその光景を目にした。





風林火山。
大漁旗。

それともう一つ、見覚えのない旗。







「―――――……派手にやってやがる」
「………ああ」








降りしきる雨を遮る事もしないまま、二人其処に立ち尽くして交戦するそれらを見つめていた。





「お前のとこ、押されてねぇか」
「其方とて同じであろう」






自軍が酷く疲弊した状態であった事を、互いによく理解していた。

それまで無名であった二つの豪族がそれぞれの国へ突然仕掛けてきた戦を治めたのは、二人が自軍から逸れる前の話。
思いの他手ごわかった相手のお陰で、武田軍も伊達軍もそれぞれ酷く疲れ切っていた。
おまけに支柱がそれぞれ抜けているので、その痛手と言ったらないだろう。
己の間の抜けぶりが招いた事とは言え、幸村は唇を噛み、政宗は小さく舌打ちを漏らした。


二つの軍は何処かで合流したらしく、見覚えのない軍に向けて交戦を展開していた。
両軍音に馳せた大軍であるが、その支柱は今その場におらず、遠く離れた丘に立ち尽くしているだけ。
特に乱れが見えるのは、やはり突然の共同戦線への戸惑いもあるのだろうか。

武田の騎馬軍、伊達の鉄砲隊。
突撃と遠方からの援護という、互いの足並みが揃っていなかった。





「このまんまだと、引っくり返されるな」
「――――そう思われるか?」
「あんたも判らねぇほど鈍かあねえだろう」





戦事に置いて、こと目の前の男の采配が如何なものであるのか、政宗は知っていた。
剛の戦に相応しいその采配振りを、政宗は意外と気に入っているのだ。

そして幸村も、目の前の男の心眼を疑ってはいない。
独眼で見るその世界が如何なものであるのかは知らないが、その独眼が見る未来に間違いはないのだ。







「そうであろうな」
「だろ」







降りしきる雨の所為で、足場が悪くなれば武田の騎馬軍には不利な状況になる。
また伊達軍の鉄砲隊も火薬が時化って仕舞えばまるで使い物にならない。
白兵戦で即負けとなる事はないだろうが、軍は互いに長期の戦で疲弊したままなのだ。

補給も満足に済んでいない所を仕掛けられれば、如何に東国最強と言われる武田軍とて勝ち目は薄いだろう。

明らかに相手はそれを狙ってきていた。
その戦略に厭を唱えるつもりはないが、やはり幸村は頭にきていた。
来るのなら正面から、真っ向から遣り合えばいいのだ、と武士を背負う男はそう思わずにはいられないのだ。


政宗の方は相手の計算高さに少しの賞賛を贈りつつ、それでもやはり小馬鹿にするような表情は変わらない。
何故なら、相手は完全な計算違いをしているからだ。







「で、どうすんだい?」
「どう、とは?」
「決まってんだろ」







腰の刀に手をかけながら言えば、幸村はゆっくりと振り向いた。












「愚問」

「Of couse」















浮かべた笑みは、何に向けてのものだろう。



愚かな自意識過剰に囚われた名も知らぬ軍か、

今この場でこの状況を楽しんでいる事に対してか、








………目の前の、同類に対してか。













































山道を駆けて行けば、最初に見つけたのは恐らく敵軍の補給隊に当たるだろう軍列だった。
それを認めた瞬間に二人は同時に飛び出すと、その只中へ突進した。



すぐさま敵軍は二人に気付き構えたが、その時には既に遅い。
幸村は警護兵を槍で突き刺すと、直ぐ傍にいた馬上の兵を叩き落した。
主を失った馬は嘶き暴れて見せたが、幸村はそれに構わず馬上に飛び乗り、まだ縋り付いている兵の肩を突き刺した。

馬上の幸村を討ち取ろうと我先に襲い掛かってくる兵士達は、手柄を得る為に死に物狂いの目をしていた。
一種の狂気にも駈られているようなその目を浴びせられながら、しかし幸村は平静だ。
片手で手綱を引いて馬を操りながら、幸村は空いた手で槍を振い、後に残るのは屍ばかり。


政宗は兵糧を積んだ馬上の兵を引き摺り落とすと、馬の尻を蹴り上げてやった。
乱暴に扱われた馬は抗議を上げるように嘶くと周りの兵士を蹴り倒しながら明後日の方向へ駆け出してしまった。
政宗はそれと同じ様に近くにいた馬の尻を蹴り上げてやった後に、今度は武器弾薬を乗せた荷車へ走った。

構えた刀は一刀で十分、無謀にも切りかかってきた兵士達は皆一瞬で返り討ちになり、政宗は無防備になった荷の紐を切った。
支えを失った積荷はばらばらと音を立てて転がり、散乱する。





隊列が入り乱れ、後ろは尻込みして後ずさりしていた。
前方は後ろの騒ぎに気付いていないのか、それとも切り捨てるつもりかそのまま前進を続けている。







「Hey! もう終わりか!」






抜き身の刀を突きつけて言えば、相手は腰を抜かして地べたを這っている。
初めて戦に出たのか、それともただの小心者か、それは政宗にとって問題ではない。

ただ、此処で張り合うだけの必要性は皆無だという事だ。



カッ、と蹄の音がして顔を上げれば、馬に跨った幸村が其処にいた。








「What? 乗せてくれんのか?」
「貴殿がお断りと言うなら、構わぬが」
「ご一緒させて頂くぜ」






操りなれた自分の馬ならともかく、他軍の馬だ。
生憎だが政宗は幸村ほど馬術に自信はなかったし、同乗させて貰えるというならそれに甘えさせて貰う。






「跳ばして行けよ。落ちやしねぇから気にすんな」
「落ちた所で某には関係ない」
「そうかい」





政宗がまともに乗馬姿勢を取る間も待たず、幸村が手綱を操る。
一度大きく鳴いた後、馬はまるで最初から幸村とともにあったかのように駆け出した。










風を切るように駆ける馬の蹄の音は、雨の音を破って爽快ささえ感じさせる。
あれだけ煩かった筈の雨音も遠くに思えるかのように、風の音が一番最初に鼓膜に届いた。

数刻前に互いに刃を交えた時に作った傷など、最早傷と呼べる代物ではない。
それよりも目の前に広がる場が自分たちにとって何よりも生きる道であり、同時に何よりの死に場所なのだろう。
ぴんと張られた一本の綱の上に立っているのが、自分たち互いには性に合うのだ。
いつか戦なき世を願いながら、自分たちの居場所は戦場以外にないと、その矛盾に政宗は小さく笑った。




だってあまりにも心地が良いのだ。


少しずつ強くなる硝煙の匂い、兵の雄叫び、時に阿鼻叫喚の悲鳴、兵を鼓舞させる太鼓の音。
泥と血の匂いも混じり、少しずつ見える屍の数が多くなってきた。
その増えた屍にどの軍の人間が最も多いのかなど、誰の知るところでもないだろう。

ただ誰もが生き抜く事を、目の前の敵を屠ることにのみ全ての意識を奪われる。
此処で怯めば其処で死ぬ、進もうとした者だけがその先を見ることが出来る、この戦の世。
それらの何もかもが心地良過ぎて、湧き上がる熱を誤魔化す必要など何処にもない。


そして何より。







何より、すぐ其処で翻る紅が鮮やかで。
















「Ha! 流石に速ぇ!!」
「――――なんの、まだまだ!!」
「いいねぇ! それぐらいかっ飛ばしてくれた方が気持ちが良いだろ!」






更に速度を上げれば、近付いてくる戦場の気配。
飛んで来た流れ弾は刃で弾き、こちらを認めた兵が襲い掛かってくればどちらともなくそれに刃を向けた。

当たる雨の雫は痛い程に激しい筈なのに、それを欠片も感じる事がないのは果たして何故だろうか。
風がそれを避けてくれる訳でもない、けれども二人の道をまるで歓迎するように空が風が鳴いているようにも見えた。
誰もその道を遮る事は出来ない、遮る事は赦されない、そう何人たりとも。
前を進む事以外の事を脳から追い出した彼らを止めることなど、誰も出来ない。



激しく入り乱れる兵士達の頭上を、操る馬はいとも簡単に跳び越していく。
それに情けなくも意識を奪われた敵軍の兵士の首を、其処から下りないままで政宗は討ち払った。

馬が頭上を跳んだと思ったら、次の瞬間には目の前の敵兵が屠られていた。
呆気に取られた兵が止まらず走り去る馬を見遣れば、靡くのは正反対の二色。
紅が翻り、蒼が棚引くそれを見て、俄かに兵の声が大きく上がった。










「筆頭が来たぞ――――!!」


「若子! 虎の若子が戻られたぞ!!」











沸き上がる声が耳に届いて、政宗は口端を上げた。
僅かに見えた幸村の口角も上がっていて、政宗は声を上げて笑いそうになる。

一気に昂ぶりを見せる自軍の兵達に現金な連中だと呟きながら、それでもよくもったと思った。
両軍共に酷く疲弊し、まともに足並みの揃わないまま共同戦線を張って、本当によく今まで保てたものだ。
俄かに作られた同盟軍がどれほど脆いものか、政宗も幸村もそれなりに弁えているつもりだ。






両軍の兵の士気回復と同時に、その両軍の頭とも言えるべき大物が戦場に現れたと知られたのだろう。
あちらこちらから長柄槍が飛び出し、遠くからは鈍く光る銃口が向けられた。

遠くで火薬が弾ける音が聞こえるよりも早く、二人同時に馬の背を蹴った。
高く跳んだそれに槍が鉄砲が狙いを定めるよりも、二人が地に降り立つ方が早い。
着地と同時にそれぞれ反対方向へ向けて地面を蹴ると、長柄槍を構え円を作り囲っていた兵達を薙ぎ払う。
横へ後ろへ吹き飛ばされた兵は仲間も道連れにして地面に落ち、二人は躊躇わずにそれを屠った。



風が通り過ぎるように、稲妻が奔り然るように。



あまりに唐突に現れた二つの紅と蒼は、それこそ嵐か何かのように戦場を蹂躙して行く。
影響を及ぼし其処には何も残らぬように、目の前を遮る全てを切り捨てていく。
更に更に勢いを増していくそれらは、周りのを全て巻き込み、更に大きくなろうとしている。

両軍の兵はそれぞれに誘発されるように鬨の声を上げ、咆哮を上げ、それは天を突かんと刃を振り翳す。
紅と蒼はそれらを率いて何よりも先に敵陣の只中に飛び込むと、其処で力の限りを持って暴れ回った。






一つ振うたびに血が滾る。
二つ振うたびに沸き上がるものがある。

三つ振うたびに抑えきれぬ熱が暴れ出す。





向けられた二本の槍に、六爪に怯え戦慄く兵が増える。
それでも首を取り手柄を立てんと向かい来る兵も増える。


それでも足りない。
それらだけでは足りない。











円を作るような形で、紅と蒼を囲む無数の兵。
相手にしているのがこの二人でなければ、まだ更に大国となる事も出来たのだろうに。

相手が悪かった。

数で押し切れば勝てると思ったか、奇襲で畳み掛ければ勝てると思ったか。
それで容易く背負う全てを明け渡してやるつもりは欠片もない、何も渡すものなど此処にはない。
切り捨てた命の分だけ増す背中の重みも、戻った時に向けられる一時の静かな時も、何も明け渡すものはない。
それは向こうも同じだけれど、今回ばかりは敵に回した相手が悪かった。




隊列を組んで突き出してきた槍を後方に飛んで避ける。

下りたのは、最初に足を止めたのと同じ場所。
馬はいつの間にか逃げたか、誰かが乗り逃げていったのか。



背中に当たったその熱が、今だけは酷く頼もしい。







「ボロボロじゃねえか、真田幸村」
「お主ほどでは御座らんよ」
「言うねぇ」
「お主ほどでは」








同じ言葉を告げる幸村を肩越しに見遣れば、同じ様に幸村もこちらを見ていた。


真っ直ぐに交差する瞳が何を語ろうとしているのか、何をしようとしているのか。
まともな会話なんて幾らもした事がなかったと思うけれど、何故か自然とそれだけは判るのだ。

相手が同じ事を考えているからだと、何処かで確信を持っているから。








「こいつが終わったら、もう一回勝負しようぜ」
「某、依存は御座らんよ。お主とは決着を着けねばならぬ」
「ああ、いい加減に白黒はっきりしてぇしな」
「勝つのはこの幸村と決まっておるが」
「言ってろ。俺が勝つに決まってらぁ」








他人が聞けば、ただの子供の意地の張り合い。
けれども、それが何よりも熱くさせてくれる。

この戦場で暴れまわるよりも、何故だろうか。
こんなにも沢山の軍勢を相手にするよりも、背中の一人と刃を交える方が興奮する。
全ての熱をそれに持って行かれてしまえばいいと思うほどに。



だからその前に、今は目の前の壁を全て打ち壊してやらなければならない。





















「奥州筆頭、伊達政宗!」


「天覇絶槍、真田幸村!」

























『いざ、参る!!!!』













































お楽しみは、それからだ。




















































30本目の短編小説、完全に趣味に走りました(爆)。
てんで戦馬鹿で、顔合わせりゃ殴り合いしか考えてない二人。
ドラマCDみたいな暑苦しいのも私は好きです。

書きながら途中で「スクライド」のカズマと劉鳳みたいになってきたなーと…
『好敵手』で『戦友』みたいな(カズマと劉鳳はてんで共闘なんてしそうにないけど。)


でも自軍と逸れちゃ駄目だろ(滝汗)、特に奥州筆頭!
おかん(佐助と小十郎)は呆れてるか、必死で探してるかどっちか。
混戦状態から逸れたって事で……



視点は政宗寄りで書いたつもりです。

最後の二人同時の「参る!」が書きたかっただけでもあります(滅!)
こんな調子で30本目を迎えております。




雲は竜に従い、風は虎に従う(くもはりゅうにしたがい、かぜはとらにしたがう)

竜は雲を従えることによって勢いを増し、虎は風を従えることによって速さと威を増す。
ものごとはそれぞれ相似たものが一緒になったり、一緒になろうとして、巧くいくものだ。


(タイトルに慣用句を使う事があって探し回っていた時、偶然見つけました。
「ダテサナ!!」と即座に思った自分は何処まで腐っとると思います……)