雨の音、君の声
君に僕から約束しよう
いつか僕に向かって走ってくる時は
君の視線を外さずにいよう
……きっと誰より上手に受け止めるよ
降りしきる雨は、まるで空が泣いているようにも見えた。
いつまでも争うことを止めず、消えていく命をまるで哀れむかのようにして。
けれど、己にそんな雨はいらない。
政宗は己以外生きているもののいない戦場で立ち尽くし、それを見上げながら思った。
足元にある屍は最早自分の部下か、はたまた敵のものか、ろくろく判別がつかなくなっていた。
一人一人顔を覗き込んでやれば判るのだろうけれど、政宗はそれをしない。
そこかしこに立っている軍旗は、旗としての役目をもう放棄しているのではないだろうか。
この場がどちらの陣地であるのかなど、政宗の頭には欠片も残っていなかった。
どちらのものでさえ良い気がする。
雨は激しさを増し、何処かで雷鳴が轟いている。
風が強くなり、嵐が来る。
だがその中で自己主張するように、ある一角で炎が今も燃えていた。
ああ、あそこにいる。
激しくなった戦の戦局の行方は判らない。
どちらも被害は甚大で、此処で負けようが勝とうが変わらないような気もした。
何より、政宗は心に一つ、決めた事がある。
「…OK……make it the last party……」
地を蹴って向かう先は、紅蓮。
降りしきる雨は、何を思って涙を流しているのだろう。
いつまでも繰り返されるこの戦の凄惨さを、それを飽きずに戦う人間達を哀れんでいるのだろうか。
けれど、己の心に雨など降ってはいない。
傍らでごうごうと燃える炎に照らされながら、幸村は降り頻る雨を見上げた。
こちらに背中を向けたままで佇んでいる戦忍は、この戦が始まってから、一度も幸村に顔を向けていない。
やっぱりあれは怒っているのだろうか、とぼんやりと考えた。
戦場でも日常でもこうやって傍にいてくれた忍は、今何を思っているのだろう。
これから何が起こるのか、彼はきっと何もかも知っていて、此処に留まっている。
それはきっと、幸村が見届けろと言ったから。
雨は激しさを増ていた。
風が煽られた炎が、更に燃え上がった。
それでも一番近くで感じる雷の音。
ああ、あそこにいる。
激しくなった戦の戦局の行方は判らない。
どちらも被害は甚大で、此処で負けようが勝とうが変わらないような気もした。
何より、幸村は心に一つ、決めた事がある。
「……お館様……やはり私は、未熟者です…されどこれもまた、私です……」
振り返って迎え撃つは、蒼穹。
最初に飛び散るのは、いつもどちらともなくぶつけ合う渾身の一撃。
交わりあった刃が火花を散らし、雨の中で煌いた。
降り頻る雨で足元がぬかるんでいる。
下手な体重のかけ方は逆効果でしかない。
互いに引く事はなく、拮抗したまま獲物だけがカチャカチャと音を立てる。
雨は視界も遮る。
けれど、相手の顔は不思議とはっきりと見る事が出来た。
「Hey! こうやって戦りあうのは久しぶりだなぁ、真田幸村!!」
「独眼竜伊達政宗! その御首(みしるし)、我が武田が勝利の為に貰い受ける!!」
“政宗”は此処にはいない。
“幸村”は此処にいない。
此処にいるのは、奥州を統べる竜と、虎に仕える紅蓮の鬼。
そんな風に刃を交えたのは、いつ以来だろうか。
決して馴れ合いをしていた訳ではないけれど、いつも試合でもするかのように刃を交えていたと思う。
本気でなかった時はない、だけれど本当に本気だったのかと問われると判らない。
打ち合う時間が楽しかった。
まるでその瞬間が、最も長く深く繋がる事が出来るような気がして。
「お前を討ち取りゃあ、俺の勝ちだ!」
「お館様ご上洛の為、この真田幸村、容易く破れはせぬぞ!」
「そいつはお互い様だぜ!」
同時に後方に飛んで、距離を取る。
着地したのは幸村が先立ったが、着地後に踏み込んだのは政宗の方が早かった。
「MAGNUM STEP!!」
稲妻を纏った一撃を、幸村は横に飛んで避けた。
足が着くよりも先に槍を地面に突き立てると、槍を掴む手を逆さに変えた。
「紅蓮脚!!」
失速した所を狙って蹴り上げるが、それが届く事はなかった。
直前で僅かに身を捻る事で、僅かな距離でかわしたのである。
互いに舌打ちして、獲物を振るう。
「っらぁああああああっっっ!!!!」
「ぬううぅぅぅぅっっっっっ!!!!」
ぶん、と風を切る音。
ぶつかりあった衝撃が、幸村の右手を僅かに痺れさせた。
幸村の表情が一瞬苦悶したのを見逃さず、政宗はそのまま力に任せて幸村の槍を押し返す。
幸村は躊躇う事無く右手の槍を手放すと、左の槍を両手で握り構えた。
突然拮抗した力がなくなり、政宗はバランスを崩す。
其処を狙って、幸村が大上段から槍を振り下ろした。
政宗は自ら地に這い蹲るように屈んでそれを避けると、しゃがんだままで地面を蹴り上げた。
前転に勢いをつけた足が、身体を引いた幸村の顔を掠めていく。
立ち上がりと同時に政宗は左の刀を下から振り上げた。
不安定な姿勢から直ぐに整えられずにいた幸村の腕から鮮血が跳ぶ。
幸村は唇を噛み、切っ先を下に向けていた槍を引き上げ、意趣返しのように政宗の顔目掛けて突き出した。
カン、と音がして、政宗の兜が落ちる。
「……ヒューッ……危ねぇ、首が跳ぶとこだった」
「こちらも、腕を持っていかれる所であった」
政宗の首に槍の傷痕があった。
あと少し政宗が避けるのが遅かったら、きっと――………
「大人しく斬られてくれると楽なんだけどな」
「何を言っておるのやら」
「別に。ただの独り言だよ」
余裕でござるな。
お互い様だ。
命をかけた戦場だと言うのに、二人の表情は恍惚としてさえいるように見える。
口元に浮かぶ笑みは見せ掛けなどではなく、自然と、心の底から浮かび上がったもの。
戦馬鹿。
きっと否定できないし、否定しない。
だけど一つ違う事は、相手。
―――――――こいつじゃないと、こんなに熱くなる事はない。
「幸村ぁ、これでFaina―――最後にしようや」
「なんと、もう息が上がったか?」
「No! 違ぇよ、そういう事じゃねえ」
「……冗談でござるよ」
幸村は落としていた槍を拾い、政宗は中まで濡れた兜は最早不要と遠くに投げた。
「まだまだ足りねぇよ。だから、そうじゃねぇ。そういう事じゃねぇ」
血のついた刀を振ると、ヒュン、と空を切る音が聞こえた。
不思議なものだ、そんな小さな音を掻き消すほどに雨は降り、稲妻が鳴っていると言うのに。
どうしてこんなにも静かな音を聞き取る事が出来るのだろうか。
最後だからか。
最後、だから。
これが最後だから。
覚えていたいのだろうか。
目の前の紅と見たもの聞いたもの、全部。
「私も……恐らく、政宗殿と同じ事を考えているのであろうな」
幸村の目に映る兜に隠されていない政宗の表情。
それは豪胆で、大胆不敵で、理不尽なのに人を惹き付けて止まない鋭い光を持っていた。
こんな状況でそんな事を考えている自分に、やはり自分は佐助が言うように暢気なのだろうか、と思った。
最後だからか。
最後、だから。
これが最後だから。
覚えていたいのだろうか。
目の前の蒼と見たもの聞いたもの、全部。
「今日は邪魔、入らないないんだな」
「邪魔、とは?」
「お前の口煩い忍だよ」
「ああ、今日は絶対に来ぬよ」
「保障するか」
「する」
ニィ、と政宗が笑う。
幸村の唇も笑みに象られた。
けれども互いの目は、互いの姿をまるで焼き付けるようにぎらぎらとした眼光で見つめている。
構えた刃は、真っ直ぐ相手に向かって突き進む。
心が沸き立つのがわかる。
やはりこうして交えている時が、一番繋がれるような気がした。
だから、もっと。
もっと奥まで、繋がりたくて。
血の海に落ちたのは、二人同時。
何合打ち合ったのか、最早判らない。
降り続ける雨で冷え切っている筈の身体は、不思議と熱くて汗が噴き出して止まらなかった。
右肩から左の脇腹にかけてぱっくりとした傷口から流れる血も、なんだか風呂のように暖かい。
だけど何より、目の前にいる存在が暖かかった。
「………っか……やろ………」
呻くように声を漏らしたのは政宗だった。
二人の口からは今にも絶えんとするばかりの呼吸が繰り返されている。
「…おな…じ、こと……するか………ふつう………」
「……は…はは……まさか…ほんとうに……される、とは……」
苦虫を噛み潰すような表情の政宗と、子供のように笑う幸村と。
表情は違うけれど、思うのは同じこと。
同じ事を考えていた。
同じ事を望んでいた。
それが、嬉しい。
「……なんで…おまえの…しの、び……こねえ、の…?」
あの忍が、幸村の考えていた事が判らなかったとは思えない。
訪ねる政宗に、幸村はあはは、と笑って。
「…さい、ご……の……めいれい…を、したから……」
「……order……?」
「……さいご、の…わがまま……かな……」
我儘。
ああ、きっとそっちの方が正しい。
だからあの忍は、幸村の言う事を聞いてくれた。
見届けてくれ。
最後まで。
「……そいつ、は……さいあくの…order、だな……」
あの忍は、幸村を守るために存在していた。
いざとなれば己を殺し、何があろうと幸村を生かす為に。
それを最後の最後で、主自らそんな命令を下すなど。
だけれど幸村の表情は何処か嬉しそうに微笑んでいたりするから、だから忍は断れなかったのだ。
この表情に弱いのは自分も一緒なのだと、政宗も苦笑が漏れる。
降りしきる雨が、二人の身体を濡らす。
政宗はごろり、と仰向けになって空を仰いだ。
「あー………あめ…つめてぇ………」
「……きもち…よさそ、ですな……」
「あぁ……そーだ、な………」
幸村は仰向けになった政宗の傍へと、這い蹲って近付いた。
距離がなくなった所で、幸村は政宗に寄り添うように横になる。
「……しのびが…とんで、くる、…ぜ………」
二人がこうして寄り添っていると、あの忍は何処で見ていたのやら、必ずと言って良い程跳んできた。
なんだか自慢の子供を取られた母親のようにも見えたりして、それを揶揄ったら更に怒られたりもした。
けれども、今日はきっと来ない。
判っていながら呟いてみたが、幸村は気にした様子はなかった。
それより、と幸村が呟いた。
うん? と政宗が首を僅かに傾ければ、すぐ近くに幸村の顔がある。
こんなに近付いたのは初めてだ。
何せ幸村ときたら初心で奥手で、何かと破廉恥だなんだと言って喚くのだ。
顔を近づけてする事といったら一つしかない、幸村はいつだってそれを恥ずかしがっていた。
だけど、今は。
「まさむね…どの………」
「……あ?」
「……すみませ、ぬ……」
一瞬、なんの事か判らなかった。
けれど、最後に喧嘩をして別れたのだと思い出す。
こんな時にわざわざ謝るなんて、全く律儀だ、と政宗は思った。
「おれも…わりぃ、…な………」
ゆっくりと顔を近づけて。
「けど……」
「でも……」
最後の言葉は、互いの口付けに消える。
愛してくれてありがとう。
君の姿は僕に似ている
同じ世界を見てる君がいることで
最後に心なくすこともなく
僕を好きでいられる
……僕は、君に生かされてた
敵同士のまま、宿敵と認め合ったまま、互いの手で生を終わらせる。
“空の彼方/空の最果”で佐幸の死ネタを書きました。
今度は政幸でラブな死ネタ書いてみました。
……心中ネタ好きだな、俺……
イメージ曲はまんまSee-Sawの「君は僕に似ている」から。
最後は「生かされてる」なのですが、其処だけいじってます。
二人、死んじゃってるし……
See-Sawの歌詞、綺麗で好きです。
カラオケではキーが高過ぎて私では歌えんのですが(泣笑)