空知らぬ雪の中



















さくら、さくら、さくら








その中で一つだけの、きれいなあか



























































名前を呼んで笑う顔が、好きだ。























出逢った時は互いに敵同士で、躊躇いもせずに刃を交えた。
奥州筆頭になってから久しい昂ぶりを齎す熱に、随分と酔ったものだ。





天下を目指している手前に退屈を持て余すなど、他者にとっては跳んだ無神経者に映っていたかも知れない。
旧知の小十郎な成実などは何も言わなかったけれど、彼等が見抜けなかったとは思っていない。
齢十九にして奥州を平定した男に喧嘩を売る男など、早々いなかった。
最初こそ毒殺だの暗殺だの企てる連中はいたけれど、それも何時の間にかいなくなってしまった。

確固たる地位を手に入れた代わりの、孤独。
頂点に立つ者が背負わなければならない、それ。
競り合う者がいないと言う、おそらく強者のみが知る事になる感覚。

慕ってくれる者はいたし、破天荒な己について来てくれる事には感謝している。
だけど、政宗にとってそれとこれとは別だったのだ。



体内で燻っていたそれは、いつまでもじりじりと政宗の心を焦がすばかりだった。
いっそ全て燃え尽して灰になってしまえば言いものを、政宗の退屈を煽る事しかしない。





だから、あの炎に初めて会った時、直感した。
こいつは、全てを燃やし尽くしてくれる。





自分と対して違わぬ歳で、日の本一の兵だと呼び声高かった男。
刃を交える都度に燃え上がる炎は、それまで燻っていたものを全て飲み込んだ。

咆哮を上げれば同じ咆哮が響き、ぶつかり合った場所から渦巻いた風。
競り合いに少しでも躊躇いを持ち込んだ方が負け。
死と隣り合わせの死合いの中にいると言うのに、不思議と恐怖感はなかった。
もとよりそんな感情は捨てたものではあるけれど、無心になる事はあっても、昂ぶる事は中々なかった。

それ程までに、あれと刃を交える時、政宗は熱によっていたのだ。






何度ぶつかり合っても、決着は着かなかった。
次だ次だと、とにかく奴のいる武田が戦をすると聞けば乱入した。
奇襲は作戦として最も効果的であるとか、漁夫の利を狙っての行動だとか、理由はどうでもいい。

とにかく、刃を交えたかった。






けれど、それも長くは続かなかった。
織田が幅を伸ばし、徳川の勢いも押しも押されぬものとなった為だ。

それらを先ず抑えなければならない。
利害の一致から武田が長年宿敵と見ている上杉軍と同盟を組んで間もなく、その話は伊達軍にも舞い込んできた。
使者はなんと政宗が宿敵としている彼の男で、つかず離れずの位置には、戦忍の姿もあった。


戦場以外でその姿を目にした時は、その力にそぐわぬ幼い顔立ちで、少々疑ったりもしたものだ。
口を開けばお館様お館様と煩いし、それを黙らせるにはその音を発する所に団子を詰め込むのが手っ取り早い。
懐刀としてなのか、常に傍にいる忍はなんだか母親染みた言動をするし、それはあの男が子供のようであるからで、
最初は罠か何かと考えていた政宗だったが、団子が美味いとにこにこ上機嫌に笑うのに、完全に意気を殺がれた。

そんな彼だから何か企んでいるとは思えなくて(甚だ甘い考えではあるとは思ったのだけど)同盟に承諾した。
政宗がそれを言った瞬間に、「やりましたぞぉぉお!!」と大きな声で叫ぶのには、本当に呆れたけれど。




以来、何かにつけて彼は政宗に逢いに来た。
同盟を組んでいる者同士、やはり付き合いを疎かにする訳には行かない、と。


だけど、本音は果たしてどうであっただろう。











『時が違えば、我等は共に生きれたのかも知れませぬ』










春、だった。
舞い散る桜を見上げながら、彼は言った。


その瞬間になんとなく悟ってしまった。
彼が此処に来る理由は、きっと同盟だからというのはお題目で、単に彼が政宗と話がしたいから。
政宗もそうだが、歳若くして名の知れた武将である彼には、歳の近い話し相手が中々いない。
戦忍とは幼い頃から共に育っているけれど、あれの場合はまるで家族のようなものだと彼は言った。
彼が欲しいのはそういう事ではなくて――無論、あの忍をないがしろにしているのではないが――、もっと単純な関係。

同じ年頃の友達。

それが欲しくて、彼は何かと政宗に逢いにきていたのだ。
いつかはまた敵同士に戻らなければならないのだとしても、糸が繋がった今だけでも。








それに気付いた時、政宗はあぁ駄目だ、と思った。
理屈ではなくて、それを感じてどう考えたとかではなく、ただ直感で。








気が付いたら口付けていて、気が付いたら。
……そういう風になっていて。

くすぐったい気もしたし、何故か小十郎は青くなったり感無量になったりで泣き出すし、
成実は面白そうに笑って揶揄って来るし、忍に至っては殺気振り撒いて手裏剣を投げられるし(あれは絶対本気だった)。
つまりは遅かったけれど俗に言う青い春なんてものをしていた訳で。
時折我に返ってこんな事でどうするんだとも思ったが、見上げて笑う顔に結局絆されてしまう自分がいた。




悪く、なかった。

宿敵とそんな関係になるのは可笑しいと判っていても、心地良かった。
甘酸っぱい感情に流されるのも、歯が浮くような言葉を口に出すのも。
















こっちを向いて笑うのを見た時、生まれて初めて“幸福”ってものを感じた気がした。





























































「桜が綺麗ですなあ、政宗殿」







嬉しそうに呟く幸村の横顔を見ながら、政宗は小さく微笑んだ。
と言っても顎に当てた手で隠した口角を少し上げただけだったから、傍目には判らなかっただろう。
それでも桜を見上げる幸村には判ったのだろうか、返事をしないことに不満の声はなかった。

いつもは花より団子という言葉がよく似合う幸村だが、別に情緒に欠けているとかいう訳ではない。
花の下で菓子を食べるのは好きで、とくにそれは桜の下が良いらしい。
政宗も桜の下で宴会と称して酒飲みをするのは好きだ。
幸村相手だと、お付の忍が煩いものだから、杯を酌み交わすことが出来ないのが残念だが。



桜は染井吉野が少しずつ終わりを迎え、次の八重桜が満開になっている。


姉川の桜はいつ見ても美しく咲き誇る。
本来なら此処は敵方である織田に属する前田領なのだが、今は戦時ではない。
幸村も政宗も武装していないので、何処から見ても普通の若者だ。
政宗の眼帯は流石に目立つので小十郎によって半ば強引に外されて、包帯を巻くだけに留まっていた。

街道沿いを歩く人々は、空を舞う桜の花弁と、それを見上げて笑っている二人に微笑ましささえ感じている。
ただ唯一、この状況を好く思っていないのは、少し離れた場所で自分たちを伺っている忍ぐらいだろう。







「甲斐の桜も好きですが、此処も悪くはございませんな」
「奥州じゃあ、咲くのはもうちょい先だな……北国だから」
「ならば政宗殿は一足先に見る事が出来たのですな」
「ああ。早めに見るのも悪くねぇ」







二人が腰を落ち着けている花茣蓙は、とっくに薄桃色の花弁に覆われている。
政宗が無造作に其処に寝転べば、その衝撃の僅かな衝撃でふわりと花が宙に舞う。







「桜を見ながら酒を飲むのも好きだしな」
「私は団子が良いです」
「そりゃ酒の味知らねぇからだろ」








言うと、幸村は拗ねたように頬を膨らませた。


幸村とて、一度も酒を飲んだことがない訳ではない。
酒もそれなりの礼儀であるし、出仕して勧められた酒を断る訳にも行くまい。
それに感けて、政宗も勧めた事もあるし。
普段一滴も飲む機会がないのは、やはりあの忍の仕業以外の何者でもない。

だが一度宴の席で飲ませた直後、政宗は何故ああもあの忍が口煩く厳禁するのか理解した。
以来、政宗も隙あれば飲ませてみたい気はするが、少々気後れもあったりする。





「拗ねるなよ、幸村」
「拗ねてなどおりませぬ」






思い切り頬を剥れさせておいて、その一言か。
政宗は舞い散る花を払う仕草を装いながら、笑みの浮かぶ口元を隠した。





「折角の桜だ。怒ってちゃ勿体無いぜ」
「だから! 怒ってなどおりませぬと言うに!」





揶揄えばむきになるのが幸村だ。
だが高い声で反論されても、子供が言い返しているようにしか聞こえない。
声と一緒に勢いよく振り向けば、朱の奔った顔がある。

ざんばらにされた幸村の髪が、吹いた風でふわふわと揺れた。
アンバランスに長い後ろ髪だけが流れに流されて、まるで尻尾のようだと政宗は思う。


怒っていない、と尚言って来る幸村に、政宗は判った判ったとホールドアップした。
それを見た幸村はむーっとした顔を見せたが、自棄のように残っていた団子を頬張る。








「政宗殿は時折意地が悪い」
「苛めたくなるんだよ、お前」
「………」
「ひでぇな、そんな目するなよ」








寝転んでいる隣から冷たい瞳で見下ろされ、政宗は大仰に溜息を吐いて見せた。






「政宗殿が妙な事を言い出すからでござる」
「仕方ねぇだろ、本当だ。お前、面白いから」
「私で遊ばないで頂きたい!」
「sorry」






大好きな団子を振り回しながら、幸村は言う。
政宗はまた笑いながら謝った。


と、誰かが団子を持ったままの幸村の手を掴む。
二人の視界が影って、不思議に思いながら幸村と政宗は首を巡らせた。








「食い物をそんな風に扱ってはいかんぞ」
「落ちてしまっては勿体のう御座いますよ」








がっしりとした体躯の男と、それに寄り添う柔和な女性。

幸村の腕を掴んだのは男の方で、その男の顔には刀傷があった。 掴んだのとは反対の手には、花茣蓙。
女性は重箱を抱えており、政宗と幸村を見つめる瞳には、慈愛さえ感じられる。


ああ、と政宗はすぐに合点がいった。
というより、姉川なのだから当たり前だ。

前田家現当主の前田利家と、その妻のまつだ。
まだ織田の勢力とぶつかった事はなかった政宗だから、この二人の姿を間近で見たのは初めてである。
容姿の特徴や、この夫婦の熱っぷりは部下から報告を受けて知ってはいたけれど。



対して幸村はと言えば、知らない人に声をかけられたからか、きょとんとして固まっている。








「折角美味そうな団子なのに」
「あ……こ、これはすみませぬ」






至極残念そうな利家に、幸村は慌てて謝った。






「あんたらも花見かい?」






二人がどういう人物であるか知りつつも、政宗は重苦しい口調にはならない。
あくまでフランクな話し方に、前田夫妻も怒るような事はなかった。






「ああ、此処の桜はいつ見ても綺麗だからな。まつの飯も美味いし、これ以上の贅沢はないぞ!」
「散る花咲く花、どれも違ってどれも美しゅう御座いますから」
「でもやっぱり、まつが一番綺麗だなぁ」
「……ま…」





あはは、と豪快に笑いながら、さらりと言ってくれた利家。
まつはほんのりと頬を赤く染めて、嬉しそうに微笑んでいる。

目の当たりにした新婚夫婦振りに、政宗はなんだか歯が浮くような気になってしまう。







「仲の宜しいこって……」
「あら、あなた方も良い仲では御座いませぬか」







呆れた口調で政宗が呟けば、まつは何故か楽しそうに言った。

良い仲、とはやはり、そういう事を示すのだろうか。
一瞬どういう事か判らなくて幸村の方を見れば、幸村も政宗を見下ろしていた。
期せずして目が合ってしまうと気付いた直後、かっと幸村の顔に血が上る。



あ、このパターン。



思った時には、もう遅い。















「はれんちでござるっ!!!!」
















見上げていた政宗の顔を覆い隠すように、幸村が両手で押さえつけた。





「ちょっ、おい幸村!」
「政宗殿が悪い!」
「俺ぁ何も言ってねぇだろうが!」





幸村は政宗に比べて細腕だが、全体重をかけられては溜まったものじゃない。
じたばたともがく政宗を、幸村は全力で押さえ込みに掛かっている。

何故こういう時に限って、あの忍は止めに来ないのか。
絶対わざとだ、今はきっとざまぁみろとか思っているんだ。
出てきた結論に、政宗は青筋が立った気がした。






「はは、程ほどにしろよ〜」
「さ、犬千代様、私どもがいてはお邪魔になってしまいます」
「そうだな。我らも花見としよう」






花見をしよう、と言っている割に、利家は「まつの飯〜」と上機嫌に言っている。



しかし、政宗にそれを見送る余裕はない。
真っ赤な顔で押さえ込んでくる幸村を退けるのに精一杯だ。











「幸村、give up!! 息が止まるっ!」
「知りませぬ!」
「待て、それだと俺が死ぬだろ!」
「嫌です!」
「じゃあ退け!」
「それも嫌です!!」











自分の顔を見られるのが恥ずかしいらしい。
幸村の顔なら、幾らだってなんだって見てきたのに、何を今更。

そういう初心な所も好きなのだが、このままでは本当に息が止まってしまう。
天下統一もならず、しかも痴話喧嘩でご臨終なんて御免被る。
桜の花に埋もれているのは嫌いではないけれど、こんな所で、しかも恋人に。




ああ、もう!




中々退こうとしない―――我に返れない幸村に、政宗の方が痺れを切らす。

幸村の着物の袖を引っ張ると、思いもしなかった反撃に容易くバランスを崩した。
顔面からぶつからないように、幸村は政宗の顔から手を放して、政宗の顔の横に手をつく。
しかし突っ張るまで時間がなく、更に袂を引き寄せられ、ついに陥落。




その勢いを殺さないまま、深く口付けた。













見下ろせば、

赤い顔でゆっくりと瞼を下ろす恋人がいて。





解放して。





































笑ったら笑い返されるのに、きっと今は自分が一番幸せ者だと政宗は思う。



















































政宗視点は外来語が使えるので書くのが楽。


“空知らぬ雪”
空が知らない雪と言う意味で、風に舞う桜などの花弁の事です。

前田夫婦が初登場。
この人たちは万年新婚&熟年夫婦でいいと思う。
二人にしてみれば、政宗と幸村は可愛い恋をしているなって感じ。


たまにはラブラブな政幸書こうと思いまして。
……こんなんどうです??