空の最果





















望んだ空があそこになかったって言うんなら



今は望んだ空は見えてるか?







何処かでこの空を見ているか?






































「Hey、久しぶりだな」








言って政宗が目を向けている先には、質素な墓標が二つ。
其処には誰かの名前さえも刻み付けられていなかった。


政宗は持っていた徳利を傾けて、二つの石にかけてやる。

そのうちの片方は、結局酒の味をろくに覚えぬままであった事を思い出す。
傍に佇むもう片方が、いつでも駄目だ駄目だと言っていた所為だ。
年の頃は十分であったろうに、酒癖が悪いからと許可しなかった。

一度ぐらいは杯を交わしたかったのだが、結局それは叶えられぬままだ。
その代わり、甘ったるい茶菓子を二人で喰っていた事はあったけれど。





「美味ぇか?」





返事がある訳でもないが、政宗は墓標の片方に語りかけた。

眼を閉じれば、笑っている姿が浮かぶ。
ついでに、傍らで口煩い奴も。






「奥州で俺が一番気に入ってる酒だ。お前の舌に合わなくても、不味くはねぇだろ」






と言うか、不味いなんて言わせない。
何処ぞの酔っ払いが言うような台詞だ。
けれども、比較的甘い酒だから、不味いとは言われないと思う。

以前は甘い酒よりも辛い酒の方が好みだったのだが、いつからだろうか。
あの甘党ぶりに感化されてしまったのか、以前よりは甘いものに寛容になった。






「どーだ。今じゃ止められやしねぇだろ」






もう片方にも徳利を傾けてやりながら、政宗はククッと笑う。

以前ならば勧めるだけですっ飛んで来たというのに。
怒鳴る煩い声がないのも少し物足りなかったが、邪魔が入らないのも良いものだ。




徳利の中身が粗方なくなると、政宗は残った酒を一気に飲み干した。
昼間からの酒も悪くはない、好きであるといってもいい。
酒好きと言うよりは、宴会毎が好きだ。
だからそれに着いて回る酒を飲む機会は、割と多い。

そこそこ酒豪だという自覚はある。
ちょっとやそっとで酔っ払ったりはしない。


けれども、今は別の感覚に酔いそうだった。





「天下は落ち着いてきたぜ」






お前が最初に取った天下だ、と。
物言わぬ墓標に声をかける。






「今は俺が天下一だ」






踏み台にしたなどとは、言わぬだろう。
基盤を作ったのは彼で、固めているのは政宗だ。

果たしてこれは、どちらが取った天下であるのか。



彼が望んだ天下ではなかったのだろうとは、思う。
彼が望んでいたのは、最後まで慕って止まなかった、一人の大きな男の天下。
それは他の誰のものに移る様など予想もつかない、事実心変わりなどという言葉とは縁遠かった。
盲目的なまでのあの忠誠心は、最期まで消える事はなかったのだろう。

そしてそれに殉じたあの口煩い戦忍もまた、最期まで傍を離れなかったのだろう。
自分は彼らの終わりに居合わせたわけではないし、その姿を見た訳でもないが、容易く判った。






「しかし、つれねぇな」






墓標と向き合い、政宗はその場に腰を下ろして胡坐をかいた。
風が吹くと、周囲の草花が擦れる音がする。

此処は居心地が良い。
だから、此処に墓標を置いた。
地の下には、何も埋まっていないけれど。






「なぁ、言ったじゃねぇか。次だって」







此処で恨み言を呟いた事はない。
此処で漏らすのは、全て本音ではあるけれど、恨み言ではない。

独り言だ。






「結局俺達のどっちが強いか、決まらないままじゃねえか」







彼は大六天魔王を討ち取った。
自分は天下布武を成し遂げた。




逢う度に刃を交えていたけれど、あと一歩と言うところでいつも邪魔が入った。
それは戦忍の鴇の声であったり、遠くで始まった戦の咆哮であったり、様々だ。
退かねばならぬばかりで、最後まで交え合った事は一度もない。

別段、不満はなかった。
彼と刃を交えるのは嫌いではなかったし、寧ろ楽しみでもあった。
交えるたびにどちらともなく力をつけ、鬩ぎ合う力は拮抗し、弾け合った。
刃が肉を裂いた時の感覚も、血が体内を燃やす感覚も全て遠くて、ただただ目の前の存在しか目に映らなくなる。
其処までの熱を齎してくれるものを、政宗は終わらせるのも勿体無く思っていた。

きっとそれは、相手も然り。
間に入って休戦を知らせる戦忍の声に、仄かに安堵の色を瞳に映していたのを覚えている。



そして別れる度に、どちらともなく「次だ」と言った。
最初と二度目に言ったのは政宗で、何度目からか、相手から「次」と言われた。
その瞬間、良いようのない高揚とした感情が沸き上がった。






「約束破ったのは、初めてだな」






もう約束を交わせないのも、初めてだ。


真っ青な空を仰いで、政宗は胸中で呟いた。






「テメェが連れてったのか?」






傍らに佇むもう一つの墓標に語りかける。
まさかな、と笑いながら。

過保護な戦忍ではあったけれど、そういう事はしないだろう。
戦忍の方がついていく事はあるだろうが。






「……どっちにしても、つれねぇぜ」






残される方の身にもなってみろ、と。
自分が言うには、それは余りにも見当違いであろうとは思う。
けれども、こんなにも退屈になってしまったのだ。
羽柴や徳川、薩摩の島津も強かったが、やはり足りない。
天下布武を成し遂げてからは、余計に暇になってしまった。










「お前じゃねぇと、駄目だ」













まるで女を口説いているようだなと思いながら、政宗は墓標に向かって告げる。












お前じゃないと駄目だ。

あれだけ熱くなるのも。
あれだけ時を忘れるのも。


お前じゃないと駄目だ。

甘い物を喰う連れも。
口煩いのに付き合う連れも。



お前じゃないと駄目だ。








お前じゃないと、何もかもが物足りなくて、薄っぺらくて、退屈だ。














自分の六爪を受け止められるのも、この身を焦がすのも唯一つしかない。
それがなくなってしまってからは、酷く退屈な毎日だ。






「……でもまぁ……お前はこれで良かったんだろ?」






少なくとも、自分は祟られるような事はしていないと誓える。



自分は酷く退屈な毎日を送っているけれど、この日の本の国は落ち着いてきている。
まだまだ各国で戦の爪痕は残っているが、それは時間が取り戻してくれるだろうと思う。
何処かで誰かが下克上を狙っているかも知れないが、それはこの乱世を生き抜いた者ならば覚悟の上。
容易く首をやる気もなければ、上り詰めたこの場所を譲るつもりもない。

此処で己が命を絶てば、世は再び乱世となるだろう。
百姓達が精魂篭めて耕した田畑は荒れて、何処かで名も知らぬ子供が飢餓で死ぬ。
そんな世は、己とて望む所ではない。


全くなくせるかと言われれば、政宗は否と応える。
人がいる限り何処かで争いは生まれるし、命が生きる為に命を奪う事も判っている。

けれども、護れるものは護りとおすつもりだ。
己がこの手で刃を握る事が出来る内は、絶対にそれを押し通すつもりだ。
笑っている人を、護るつもりだ。






「お前の主が望んでたのは、民が笑って暮らせる世―――……だったよな?」






いつだったか茶菓子を一緒に喰っている時、そんな話を聞いた。
何故天下を目指すのかと、そんな話題だったと思う。

あの時、彼がいの一番に言ったのは、相変わらず主の事であった。
そしてその後、主が望む事を述べた上で、自分はそんな主の願いを通じたいのだと言っていた。







「……間違った世の中には、しねぇよ」








血で血を洗い流した自分達だから、相応の罪がこの両手にあるのを知っている。
それが償えるとは思わないけれど、せめて同類を作りたくは無かった。

命が易い時代は、作らない。







不意に空で鳥が鳴いた。
そろそろ帰る時かと、政宗は腰を上げる。

それから墓標を見下ろして。









「もしも……もしも、だ」









在り得ないとは思うけどな、と。











「俺が間違った方向に行こうとしてたら」











独眼竜。
そんな大層な渾名をつけられているけれど、政宗とて人の子だ。
迷いもするし、流される事もある。

もしもその時、彼が望んだ世から外れて行くとしたら。
その時は。


夢枕にでも。
化けて出るでも。

どちらでもいい。


















「お前等のいる空の場所を教えてくれ」






















彼等の望んだ空が、何処にあるのか。
きっと今、彼等は其処にいると思うから。



何も言わなくていい。
ただ指し示してくれればいい。

彼等が、己が望む、空のある場所を。







穏やかな空がある場所を。


彼等が必死で手を伸ばした、空がある場所を。

















共に掴もうとした、空がある場所を。













































望んだ空が、お前のいた場所になかったなら

今は望んだ空が見えてるか?




少し形は違うけど

お前の望んだ空が、欠片ぐらいは見えてるか?









お前と俺が望んだ空は





今はちゃんと見えてるか?






















俺達で創った空の下で






お前は今は

笑ってるか?

































気持ち政宗→幸村です。
二人の死後、政宗が天下統一したという事で。

きっと裏切ったりはしないと誓うから、時には標となって。