其処にある真実



























其処に在る事が







全て現実であり


真実である










































生来から割り切った性格である事が、己にとって幸いしていると思う。




苦しむ事も悲しむ事も、感情の波が少ないお陰で突出して感じる事はない。
薄情にも見えるだろうが、そうでもしなければ、背負っている物はすぐに重くなり、立ち上がる事も出来なくなる。

何かを拾い上げる時は、何かを手放さなければならない。
今の時代を生きる者達は、多かれ少なかれ、それを知っているだろう。



忍は、自分さえも切り捨てなければならない瞬間がある。
痛みも何もかも捨てて、感情を捨てて、命じられたままに動く。
影である存在は、そうやって影となって生きていく。







けれど、何故だろう。


捨てられない自分が、いるのは。






































紅蓮が舞い、次々と敵兵を蹴散らして行く。
先陣を誰よりも行く若い武者を、佐助は口笛を吹いて眺める。

何度見ても見飽きない、鮮やかな紅だ。
人の流す色とは違う、何よりも熱い真紅の炎。
それは主の盾となり、刃となり、身を守り、立ちはだかるものを打破せんとする。
その炎を掻い潜って主に牙を向ける者は、影の手によってその命を狩られる。



戦は、決して好きではない。
ないに越した事はない。

乱世が続けば地は荒れ、人々は苦しむ。
けれども平和を勝ち取る為には、戦の最中を突き進むしかない。
誰よりも早く、誰よりも強く――――それが、この時代の生きていく為の決まり事
死にたくないのなら牙を向けと。


その乱世が、戦が、終わった時に。
己がその場に立っていられれば、御の字だ。




そして今日もまた、そうあるのだろう。

鮮やかな紅蓮が舞い、そうして明るい場所が出来て。
その反対側の影で、己は生き、戦が終わった時も彼の陰にいる。
それでいい。


だから、影が在る為には、光がなければならない。

あの紅蓮は、光だ。
影である、己の。




だから。











「……佐助……!」











だから。
その光が、なくなったら。





ぼくはからっぽになってしまうから。












「……旦…那…………?!……」




















ひいろにそまる、きれいなきみはすきだけど。



そのあかにそまるすがただけは、みたくなかったのに。












































広い屋敷の中は、しんと静まり返っていた。



真田隊の面々とも、此処数日、殆ど顔を合わせていない。
才蔵と小助が時折様子を見に来る気配がするけれど、佐助は一度もそちらに振り返らなかった。
声をかけられても生返事をしているだけで、聞こえていても、中身が脳に伝っているかは怪しい。


佐助が動かずに入るのは、主である幸村の寝室に当たる部屋だった。
部屋の真ん中に敷かれた布団の中で、幸村は固く瞳を閉じ、静かに寝息を立てている。
その寝息があまりにも小さくて、ふとすれば消えてしまうようにも思える。


腹は減っているし、正直、眠い。
けれども、佐助は傍を離れるつもりも、一瞬でも目を離そうともしなかった。
ふとした瞬間にそのまま逝ってしまいそうな主の血色の悪い肌が不安を煽る。
其処まで柔な身体をしていないと判っていても、頭と感情は別物なのだ。

休みたいし、休みたくない。
どっちつかずで眠気と戦って出した結論は、やはり眠らない、というもの。
穴が開くほどに見詰める瞳を知らぬまま、幸村は懇々と眠っている。








………あの瞬間からの記憶が、曖昧になっている。


あの瞬間。
幸村が、緋色に染まった瞬間。



気付いた時には周りの兵を皆殺しにしていて、才蔵に殴られるまで意識は殆ど跳んでいた。
幸村の身体の傷は浅かったけれど、それよりも深刻だったのは背中に突き立てられた矢であった。
十蔵が手早く治療し、その後は佐助が担いで本陣まで勝利の報告を手早く済ませた後、
馬で信濃まで帰り、医者に見せて―――――一命は取り留めたと、いう事だ。

それがどれほど前の事だったのか、どれ程の時間を要した事だったのか、佐助にはよく判らない。
ほんの一日の事であったのか、それとも、もっとかかったのか……





ああ、後でお館様にぶん殴られるかな。
それやって耐えられるの、旦那だけなのにな。
あの人、容赦ないからなぁ。






ぼんやりと連ねて考えながら、佐助は幸村の顔を見詰める。





綺麗な顔に出来た、青痣。

倒れた時に庇えなかったから、その時打ったのだろうか。
それともそれ以前に、敵兵から一撃を貰ったのか。


勿体無い。
多分、消えると思うけれど。

誰がやったのだろうかなどと思いながら、あまり関係ないのだと行き着いた。
だってあの戦場にいた敵は全て自分が殺してしまった。
誰が仕出かしたのか判っても判らなくても、もうどうする事もないのだ。

でもやっぱり、消えなかったら腹が立つかも知れない。



兄の信幸が生きていたら、この現状をどう思うだろう。
護る為に傍にいるはずの自分が傷を負わずにいて、護るべき対象がこうやって傷を負っている。






「……失格ですかね?」






今は何処にもいない存在に、佐助は投げかける。



何に対しての失格なのか、自分でも少し判らない。
忍としてなのか、護衛としてなのか。

多分、どっちも。






失格だったら、傍にいたって意味がない。







でも。












何もないから。
自分には。

この光の傍にいなければ。
影は、存在できないのだから。














「大体……可笑しな話じゃねえかよ」






主が忍を庇うなんて。
何処をどうしたら、そんなあべこべの話が出来上がるというのだ。


起きたら、また怒ってやらなきゃ。
何もかも自分で護ろうとするなって。
俺の事なんか放って置いていいんだって。
あんたが生きてなきゃ、真田隊の奴らは皆路頭に迷うんだって。
あんたが死んだら、俺がお館様に殺されちまうんだって。

あんたがいなきゃ。
あんたが。



……あんたが。




なんでいつまで経っても、忍使いが荒いんだ。
俺はあんたに懐刀の忍であって、保護者じゃないんだぞ。
なのになんで、ずっとそうやって手がかかるんだよ。
ややじゃないだろ。

あんたがそんなだから、俺がいつも貧乏籤引くんだぞ。
あんたがそんなだから、皆いつも呆れてるんだぞ。

あんたがそんなだから。
あんたが。


……あんたが。






あんたが、いなきゃ。

あんたが、そんなじゃなきゃ。





あんたが、そうして笑ってくれなきゃ。

















空っぽの俺は、ますますなんにもなくなっちまうんだぞ。























捨てた筈の熱い何かが、零れ落ちて。
幸村の頬に落ちて、跳ねて消えた。


















「………さすけ……?」













小さく、名前を呼ぶその声を、一体どれ程待ち続けていたのだろう。
向けられる透明度の高い大きな瞳を、どれだけ待っていたのだろう。


不思議そうに見上げて来る幸村の手が、ゆっくりと伸ばされる。
それは佐助の頬に触れて、そのまま体温を分け合うように密着した。




「……佐助…どうした……?」
「………あんたがっ…それを、言うのかよ……!」




平静な声が出てくれなくて、絞るようにして、ようやく喋る事が出来た。




「……なんで、泣く…? 何処か痛いのか……?」
「…だったら……」
「…怪我を…したのか…?」
「だったら…!」




場違いな事を聞いてくるのは、いつも通りで。
呆けた顔で見上げてくるのも、いつも通りで。
でも顔の青痣と、着物の隙間の包帯はいつもと違って、嫌いだ。










「だったら、その方がよっぽど良かったよ………!!」








あんたに庇われるより。
あんたが傷付くより。

ずっとずっと、良かったよ。









強い力で幸村を抱き寄せて、腕の中に閉じ込める。
突然の事に傷が痛みを放ったか、幸村は一瞬、顔を歪めた。

けれど、特に咎めるような言葉もなくて。
それに甘えて、佐助は幸村の背を掻き抱いた。
着物の下の包帯の感触がはっきり伝わって、それが益々佐助の中で苦くなる。
この包帯の下にあるものが、判るから。





「……佐助……?」
「…………っ………!」
「…泣いてるのか…?」





何言ってんだ。
いい年こいた男が泣くか。
あんたじゃあるまいし。






「……お前も、そういう事があるんだな」







だから。

あんたじゃないんだって。




けど、だったら。

さっきから、喉が引き攣ってるのはなんでだろう。
















「お前が無事で、良かった」





































護りたかった存在。



護れなかった現実。
傷付けた現実。





















其処に生きている、真実。



































僕は何も持たない、空っぽだから。
せめて君だけは、護らせて。


“紅”で書いた、佐助が幸村を失いかける話です。
端々が違いますけど(汗)、こういうエピソードがあった、という事で。