解放





















………手を伸ばして


………今度こそ









その痛みから、連れ去りたかった











































「……ひでぇな……」








合戦上跡を見るのは、これが初めてではない。
当然の事だ。

けれども、此処まで酷いのは初めてみたと思う。
相当派手にやりあったのであろう事が伺い知れる。



硝煙の匂いと一緒に、肉の焼ける匂いがする。
大地に染み込んだ血がまだ乾いていなくて、時折嫌な水音を立てた。
所々で火が放たれたのか、まだ揺らめいている灯火がある。

灯を見ると、やはり思い出す。
彼はまだ生きているだろうか。




あれに仕える忍からの要請に応えてから、早一刻が経つ。
戦の最中に乱入するのは混乱を招くから、終結まで待たねばならなかった。
苛立つ自分の感情を押さえ込みながら待つのは、かなり辛かった。

乱入すれば、恐らく伊達の勝利となっただろう。
政宗がこの近くに辿り着いた自分には既に消耗戦となっていた。
其処に万全の体勢の伊達軍が乱入すれば、間違いなく風は伊達へと向いただろう。
けれども、今回の出陣はそれが目当てではない。
混戦してしまえば、本来の目的が達成される見込みは大幅に減る。


すぐにでも、あの緋色を見つけたかった。
叶わない現実に、煮え湯を飲んだほんの一刻。

戦意喪失した兵さえも残らず消し去らんとする織田軍に、酷く憎悪が沸いた。
これであいつも殺していたなら、すぐに奴の下まで行って首を刎ねてやろうと。
物騒な思考回路を、傍らに佇んでいた小十郎は察していたかも知れない。







そうして時間は過ぎ、戦は幕を引いて、織田軍が去り。
一先ず生存者の確保を部下に命じて、政宗は騎馬隊が布陣していたであろう跡地を探した。

彼は騎馬隊の総指揮者であったと聞いている。
其処にいなければ、次は武田軍の本陣。
信玄公がいた場所に、彼もいるものだと、自然と覚えた。




けれども、戦跡地は酷いものだった。
武田軍も織田軍も入り乱れた状態で、屍が転がっている。
嫌な紅い液体に染め上げられた大地は、一切の命を感じられなかった。



それでも探さなければならない。
抜け殻でも、せめて見つけ出さなければ。









「―――――殿……!」








小十郎が駆け寄って来る。





「あちらに…深手を負っておられますが、ご無事です」
「OK。他に生存者は?」
「数人見付かりましたが、最早……」





小十郎は言葉を途中で途切らせ、首を横に振る。

そうか、とだけ呟いて、政宗は歩を進めた。




































見付けた幸村は、風前の灯という言葉がよく似合っていた。
けれど、自分が望んでいるのはそんなものではない。

うつ伏せになっている身体を起こし、口元に顔を寄せる。
僅かではあるが、呼吸をしている。
身体のあちこちから夥しく血が流れ、早急の止血を要求していた。
このままにしていては、間違いなく他の者とともに逝ってしまうだろう。




「殿、お水を」
「おう」





言うまでもなく準備のいい小十郎に感謝しつつ、政宗は差し出された竹筒を受け取る。
小十郎は何か言いたそうな顔をしたが、すぐに背を向けた。
それから他の者に指示を出しながら、歩き去っていく。

本当に気の利く従者に、政宗は思わず笑みが零れてしまう。
何せ、彼にはばれていたのだ…隠すどころか、己で気付いていない時から、既に。
側役と言うものは目敏いものだ。
流石は、旧知といった所か。



水を口に含んで、上向かせた幸村に口付ける。
少々強引な手付きであったが、この際、目覚めてくれるならばなんでもいい。



最初の接吻が人工呼吸で、しかも戦場とはなんとも味気ない。
口移しした時に舌に当たったのは明らかな血の味で、気持ちの良いものではなかった。
何処で聞いたか、最初の接吻というものは甘いのだと言うが、こんな乱世では通用しないようだ。

ああ、でもこいつにはそうでもなけりゃ接吻なんか出来ないか。
今までに何度か見た事がある初心っ振りを思い出して、くすりと笑った。
政宗と一つしか歳が違わぬというのに、浮いた話の一つもないのだ。
女の話を持ち出しただけで顔を紅くするのだから、浮いた話も何もない。





そんな男が、気付いていないとしても。

許した相手が、己だとは。









「……っ…!」






何度目かの口移しの後、幸村が咳き込んだ。
横抱きにしていたのを起こして、軽く背中を叩く。





「っけほ…ぅ……っこほ、…っ…」







苦しさからもがいているのだろう、手甲を着けたままの細身の手が政宗の服を掴む。
咳き込む度に傷口も傷むのか、幸村の顔が苦痛に歪まれる。

次第にそれも落ち着くと、閉じられていた瞳がゆっくりと光る。
ぼんやりとして未だに意識ははっきりと覚醒していないらしく、呆けた顔で見上げられた。





「……あ…?」





揺らめく瞳を見詰め返しながら、政宗は幸村の髪を撫でる。
ふわふわとしたその髪は、艶がいい筈なのに、今は褪せて見える。

もう一度、口移しで水を飲ませる。
朦朧とした意識の中でも、やはり喉の渇きは耐えられなかったのだろうか。
意識が戻ってきたお陰で、必死になって水を飲み下す。




「っは……!」
「それだけ飲めりゃ大丈夫だな」




詰まっていた息を一気に吐き出した幸村に、政宗は安堵する。





「ど…く、がん…りゅ……」
「Yes。久しぶりだな、幸村」
「な、ぜ…」





自分の状態が判らないのだろうか。
幸村は戸惑った表情で政宗を見上げた後、ゆっくりと首を巡らせる。




そして。










「………あ………ぁ……………!」









政宗の腕の中で、幸村の躯が戦慄いた。
瞳を大きく見開いて、嘘だ、と言わんばかりに政宗の服を握る手に力が篭る。





「もっと早く来れりゃ、誰か助かったかも知れなかったんだけどな…Sorry…」




あの忍の要請があった時には、既に間に合わなかったと見て良いだろう。
下手に乱入する事も出来ない程に混戦していた上、織田の全てを殲滅するあの勢い。
既に消耗戦となっていたと言え、当初の目的は戦に割り入り勝つ事ではなく、この青年を確保する事だった。

無理にでも割り入っていたら、誰か助ける事が出来ただろうか。
否、そうなれば伊達もかなりの被害を被ることに。
戦う事が目的でもないのに、死傷者は出せなかった。





「お…やかた…さま……」
「……もう、誰もいないそうだ」





いない。 其処には、いない。

命のある者は、もういない。





「おい!」




政宗の腕を振り解いて、幸村が立ち上がる。 しかし、足にもかなりの深手があり、直ぐに地面に倒れた。

倒れた先にあったのは、仲間の骸。




「動くんじゃねぇ、お前も酷い状態なんだぞ」
「……離せ!!」





支え起こそうとすると、鬼のような形相でその手を打ち払う。
その勢いで上体を支えられず、また幸村は倒れ込んだ。

這ってでも進もうとする幸村に、政宗は唇を噛む。
彼が何を望み、何処へ行こうとしているのか、考えなくてもすぐに判った。
それが悔しいような気もするし、もっと別の感情であるようにも思える。
きっとどちらも正解であるのだと、判った。


けれども、黙って見ている訳には行かない。
放っておける傷ではないし、何より、行った先には何もないのだ。
彼が望んでいるものは、もう何処にもない。

だから引き止めて、繋いで置かなければならないのだ。





「やめな、幸村」





引き寄せて、強く抱き締める。
身動ぎしたけれど、今度は離さない。





「離して下されっ…!」
「駄目だ。二度目も離すか」





このまま手を離せば、今度こそ届かない場所に行ってしまうだろう。
たった一度だけでもこれ程までに苦しかったと言うのに、また離せなどと聞いてやるものか。
一度目だって好きで離した訳ではないのだ。

繰り返しは、愚以外の何者でもない。





「お館様っ……!」
「無理だ、幸村」








きっと、言ってはいけない言葉なのだと思う。
けれども、言わなければならないのだ。

受け入れられない現実である事は、判る。
それでも。












「お前の主は、もう死んだ」















そして、お前に仕えていた者も。
この戦で生きているのは、たった一人だけだ。







幸村の身体から、力が抜け落ちた。
立ち上がる事は出来ないだろう。

肩口から見えるまろい頬に、透明な雫が流れて落ちていく。



きっと、頭では判っているのだろう。
けれども、思考と感情は決して同じものではないのだ。
音には聞こえてこないけれど、きっと彼の心は悲鳴を上げている。







あの時。
泣いていたのに、何もしてやれなかった。
背中を向ける事しか、出来なかった。





あの時。
もしも、連れ去る事が出来たなら。
強引にでも、枷を壊してやれたなら。

何かが、変わっていたのだろうか。
こんな風に、何もかも失う事はなかったのだろうか。














「泣けよ、幸村」














左腕で細い身体を抱き締めて。
右手で幸村の目元を覆う。



見ないから。
見せないから。
隠してやるから。

もう強がらなくていいから。
もう怖がらなくていいから。





















………………もう二度と、この手を離したりしないから。






























失って、ようやく解放される。
それが良い事なのか違うのか、きっと誰にも判らない。

失ったものは、確かに護りたかったものだから。



死ネタ再来、ごめんなさい…