お邪魔します
世の中、平穏無事なら御の字で。
……それでは、此処も平穏無事だと言えるのだろうか。
蝉時雨が終わる。
それでも幸村は、いつもと変わらず自分の屋敷でのんびりと団子を喰っていた。
その傍には佐助がいて、呆れた顔をしながら、主の横顔を見ている。
“甘楽”の団子の新商品は、幸村には少々不評だった。
不味くはないのだが、後味に残る苦味はどうにも苦手だ。
やはりあそこの店は甘いものがいい。
何せ茶に砂糖を混ぜるなんて事をしてみせる程の甘党である。
しかも、普通にそれを飲むほどに……
「旦那ぁ、虫歯になるぜ」
「大丈夫だ」
「なんの根拠があるんだ、それだけ喰っといて…」
見ているだけで胸焼けする、と佐助は溜息を吐く。
それならば見なければいいのだが、佐助は目で追ってしまっていた。
何せついと目を離した隙に、何をやらかすか判ったものではないのだ。
「うーん…やっぱり苦い…」
「どれだけ敏感なんだ、あんたの舌は。味は嫌いじゃないんだろ?」
「苦いのが嫌だ」
拗ねた子供の顔をして、幸村は言った。
適当に返事をすると、それでも勿体無いとは思うのか、団子を粗食する。
余り味わう様子もなく、さっさと飲み込んでしまった。
幸村が苦いと言うなら、自分だったら普通に食べれるかも知れない。
今度でいい、食べてみるとしよう。
“甘楽”の団子にしては、珍しく好きではないと言う感想。
覚えておくとしよう。
「話は変わるが……奥州の方には、こちらにはない団子があるそうだな」
「そりゃあっちこっちにあるだろ。ご当地土産って奴だな」
「一度でいいから食べてみたいな」
じっと佐助を見て言う幸村。
これは、仕事で行ったらついでに買って来いと言う事か。
奥州までどれほどかかるのか、この人は判っているんだろうか。
それでも断れない自分が、情けないような、気がして。
溜息をついて、はいはい、といつものように返事をしたら。
「そいつに頼まなくても、俺が持ってきてやるぜ」
割って入った声に、佐助の眉根が上がった。
幸村は目を丸くして、ぽかんとしている。
口の端に団子の食いカスが残っているのが見えた。
「手ぶらで行くのもどうかと思ってな。奥州名物、萩の月だ」
「おおっ!」
「おお、じゃないっ!!」
差し出された土産を受け取る幸村に、佐助は怒鳴った。
奥州筆頭の独眼竜、伊達政宗。
合戦でも何度かぶつかり、結局、決着の着かなかった強敵。
鬩ぎあう間に何処かで気が合ったのか、幸村はこの男を刃を交えるのを楽しみにしていた節がある。
それは相手も同じ事で、この二人の対決は、軍がぶつかる度に恒例になっているようにも思う。
決着が着かない理由の一つとして、佐助が割って入る事もあるだろう。
実力がものを言うこの時代で、二人の力は同格で、拮抗したまま姿勢を崩さない。
“宿敵”と書いて“とも”と読む。
二人の間柄は、そんな呼び方であっても可笑しくない。
だが、しかし!
それで伊達軍の頭領が、武田が治める甲斐に来ている理由にはならない。
偵察か、戦時だけでは飽き足らず、真田幸村と決闘しに来たのか。
佐助は幸村を背に庇うようにして、政宗の前に立つ。
「そんなに構えるなよ。もうちょいCoolになれねぇのか?」
「敵方の大将が目の前にいて、それは無理ってもんじゃないの?」
「今日は別にやり合いに来たんじゃねぇよ」
何処の馬鹿が土産持って決闘なんかしに来るんだ、と。
言われて見れば、ごもっとも、とも思えるのだが。
「じゃあ一体なんの用だ?」
「茶ぁしばきに来た」
さらりと返された台詞に、佐助の眉間に皺が寄る。
なんの思惑があってそんな行動に出るというのか。
どうやらこの男は単騎で来ているらしく、近辺に何者かが潜む気配も感じられない。
腰には六本の刀があるけれど、今の所、それは抜き身にされる様子もない。
所在に困るのか、右腕はその刀に引っ掛けられているが、左腕は重力に従っている。
奥州からわざわざ一人でやって来て、茶をしに来た、だと。
「ふざけんなぁっっ!!」
頼むから仕事を増やすな!
そんな思いで、佐助は声を荒げる。
が、しかし。
「中々美味でござるな、政宗殿!」
「Oh、そいつぁ良かった」
「喰ってんじゃねーよ、旦那!!」
二人が牽制しあっている間に、幸村は土産の箱を開けていた。
嬉しそうに饅頭を頬張る様は、日の本一の兵とはとてもじゃないが考えられない。
そもそも、敵方の大将が目の前にいるのに、警戒心も何もないのがあり得ない。
「なんだ、佐助も欲しいのか? お前、甘いものはあまり好きじゃないだろう」
「違う! 敵から貰ったもんをあっさり信用するなって言ってんの!」
「いらねーらしいぜ。幸村、お前が食えばいいってよ」
「勝手に捻じ曲げて解釈するな!」
そうか、美味いのにな、なんて言いながら再び饅頭を食べる幸村。
そんな幸村を見て満足そうに笑う政宗。
あ、胃が痛くなってきた。
有給休暇貰おうかなぁなんて思いつつ、きっと出来ないんだろうなと結論が出るのは早かった。
自分がこの天然な主から離れたら、誰が彼の世話をすると言うのか。
俺は忍なんだけどなとも思いながら、すっかり保護者が板についている自分に泣きたくなる。
そう言えば、と政宗が何を思い出したか呟いて。
え、また面倒ごとが増えるの? と佐助は胸中で泣く。
「さっき面白い奴がいたぜ。あの道順だと、此処に来るんじゃねぇか?」
「面白い奴……とは?」
「Ah…なんて言ったっけな。やたら長い苗字の…ながそ」
「長曾我部、だっ!!!」
怒鳴り込んできた声は、あまり聞き慣れないものだった。
政宗とは反対とも言える声質。
二ヶ月ほど前に少しだけ、聞いたような気がする。
三人が同時に―――幸村だけは真っ直ぐであったけど―――振り返る。
その先には、政宗とは反対の眼を眼帯で覆った、長身の男。
紫色の纏を羽織った、切れ長で挑戦的な瞳の男。
長曾我部元親。
神経性胃炎になったら医療費はこいつらに請求しよう。
怒鳴って疲れてしまうのも体力の無駄と判断し、佐助は大きく溜息を吐いた。
「……あんたも茶しに来たの?」
「まぁそんな所だ。って訳で、土産はこいつだ!」
そう言って、元親は一升瓶を縁側にドンと音を立てて置く。
「酒じゃねーか!!」
「Oh、いいねぇ。いけるクチ?」
「ああ。こいつは伊予の酒だ、美味いぞ」
「ちょっと待て、待て! 旦那、駄目だっつーの!」
元親の置いた酒を飲みたそうに見ている幸村の頭を、ぺしっと軽く叩いた。
不満げな目が向けられたが、佐助は気にしない。
「なんだ、ケチケチすんなよ。幸村だってもう飲める歳だろ」
「さよう! 今年で十八だ」
「駄目なもんは駄目!」
何せ幸村の酒癖の悪さと来たら。
酒乱ではないのだが、人とくっつきたがるし、暑いといって脱ぐし。
更に笑い上戸だという傍迷惑な酔っ払い振り。
しかもそれの世話をするのは、いつも佐助なのだ。
限度が判っていないから翌日に響く二日酔いは酷いし、それの面倒を見るのも疲れるし、
万一としても合戦が起きてしまったら、最悪な事尽くしだ。
何故か敵方の二人まで文句を行って来るが、それは無視する。
「旦那は酒は厳禁だ」
「マジか。喰いもんは何が良いか判らなかったからよ」
「甘いものなら私は何でも良いぞ」
「じゃあ次からそうすらぁ」
しなくていい。
寧ろ来るな。
…言うだけきっと無駄なのだろう。
「おい、お前のとこの忍が腹抱えて蹲ってるぞ」
「ああ、佐助はよくああするんだ。気にしなくていい」
誰の所為だと。
いや、今日ばかりは主の所為ではないとしよう。
わざわざ遠方から土産持参で敵武将の下まで来て、茶をしようと言い出す二人の男。
受け入れる幸村も幸村だったが、彼の天然ぶりは今に始まった事ではない。
見た事のない菓子に餌付けされたということで(それはそれで大問題だ)、今日は気にしないでいよう。
よって、この胃痛の原因は、眼帯二人組にあるのだ。
政宗からの土産の饅頭を頬張りながら、幸村は笑う。
そういう顔を見るのは、決して嫌いではない、寧ろ好きな方だと言って良い。
けれど。
「噂どおりの銘菓でござるな」
「後で俺の持ってきた酒も飲んでくれよ」
「少しぐらいなら今でもいいんじゃねぇの?」
「いや、佐助が煩いから……」
見たいのは、いつも自分だけに向けられた笑顔であって。
これとは、異なっているもので。
「……旦那」
「なんだ?」
小さな声で呼べば、幸村にはちゃんと届いたようだった。
他の二人は、聞こえていたのか、いないのか。
恐らく後者だろう。
聞き慣れているからだろうか。
幸村はどんなに小さな声でも、佐助の声を聞き分ける。
「喰いカス、ついてる」
口の周りについた、饅頭の食べカス。
教えれば幼い子供のように口の周りを袖で拭いたりするのだけれど、今日は。
有無を言わさず、舐め取った。
「てめぇ! 忍の癖に!」
怒鳴ったのは政宗だったのか、元親だったのか。
判らなかったが、侮蔑するように二人に目を向ける。
何が起きたか判っていないのか、幸村は硬直してしまっている。
そんな初心な主を腕の中に閉じ込めて、政宗と元親に向かって舌を出した。
ざまぁみろ、と。
此処まで警戒なく距離を零に出来るのは、自分だけだ。
幼い頃からずっと傍にいる、自分だけなのだ。
「Sit! やっぱりテメェは一番先に潰すべきだったな…!」
「……今日はお前に賛成だ、独眼竜さんよ」
「はいはい、言ってな」
勝者の余裕、とばかりに佐助は飄々としている。
しかし。
「はれんちであるっっっっっ!!!!!」
硬直の解けた幸村から、顎への突き上げ攻撃。
避けられる筈もなく、佐助はその衝撃で後ろに倒れる。
捕らえていた腕の力も緩んで、幸村は慌てて逃げ出した。
「さ、佐助のうつけ者がっ!! しばらく顔を見せるなっっ!!!」
真っ赤な顔をして怒鳴った後、幸村は室内へと逃げ込んで行った。
「……おい、生きてるか?」
「…死んじゃいねぇだろ…」
「しかし、他に突っ込むトコねぇのか? あいつ」
「ウブでいいんじゃね?」
「Ah〜……ま、それもそうか。っつーか、お前も幸村狙いか?」
「………ちっ…此処にも邪魔がいたか……」
聞こえる会話に、警備を増やすか、と佐助はぼんやりと考えた。
ギャグは苦手じゃー(ギャグのつもりだったのか)。
佐助がずっと不幸(汗)、でも最後にちょっとだけ良い目見たり。
眼帯コンビは仲良いんだか悪いんだか。