朝
悪くないと思う自分は
ひょっとして、病気って奴なんだろうか
「旦那ぁ、朝だぜー」
すぱん、といい音を立てて障子戸が開けられる。
差し込んだ日差しは暖かく、本日快晴、雲も少ない。
気温はぽかぽかと心地よく、たまの休日にはもってこいの日。
しかし、佐助は休む暇などない。
「だーんーなー」
部屋の真ん中で、布団の上で丸くなっている塊。
それが何であるかなど、言わずもがなと言うもの。
近寄ってみると布団に包まって、芋虫のような姿で眠っている主がいる。
今年で十七を迎えたというのに、いつまで経ってもこの主は手間がかかる。
ひょっとして自分がこうして世話を焼くから、主の成長が遅いのだろうか。
そんな事を思ってみるが、いや、やはり主自身の自己管理能力が働いていない所為だと結論付ける。
戦場に立てば誰よりも鋭い牙を持っていると言うのに、其処から少しでも離れると、この体たらく。
麻に弱いわけではないと思うのだが、寝坊はするし、寝相は悪いし、
冬になると布団を蹴飛ばして寝てしまい、風邪をひいてしまう事もしばしばある事だった。
日の本一と呼ばれ慄かれる男が、日常生活ではその片鱗も見せないなど、誰が思うことだろう。
しかもこれは、仮の姿、なんてものではなく、本当に素なのである。
傍まで歩み寄って、軽く揺さぶってみる。
「うー………」
鬱陶しい、と言うように、幸村は更に小さく縮こまった。
別に急ぎの用事は無い。
ないけれど、早く起きてくれないと飯が喰えない。
そうすると、片付けることも出来ない訳で。
「ほら、さっさと起きた起きた!」
「うわっ!?」
勢い良く、包まっていた布団を引っぺがす。
ころっと頃がった幸村は、直ぐに起き上がって不満げな顔を向けた。
「何をする、佐助!」
「…じゃなくて、早く起きて飯喰ってくれって」
どうしていつも、自分が世話を焼かなければならないのだろうか。
まぁ、自分以外に世話を焼いてやる人物がいないので、お鉢が回ってくるのもあるのだろうけど。
元服もとうに済ましたというのに、日の本一の兵だと謳われていると言うのに。
何処をどう切り替えたら、こんなにも変わるのだろうか。
十年来この主を見てきたが、未だにそれは佐助にも判らなかった。
渋々起き上がった幸村は、欠伸をしながら着替えを始める。
今日は主君の所に行く予定もない為、いつも身につけている武具はなく、着流しのみである。
細身の体躯は、未だに発展途上なものであるのが、よく伝わる。
同じ年頃も若者と比べれば筋肉質なのだろうが、何せ元の素材が細い。
無駄な肉がなく、引き締まっている分、余計に細く見えることもある。
「たまにはゆっくり眠りたいんだがな」
「その台詞、そっくりそのまま返すよ…」
文句のように呟いた幸村に、佐助は溜息混じりに返事をした。
戦が始まれば休む暇など当然ないのだから、平和な時はのんびりしたい、その気持ちはよく判る。
佐助だって戦をするよりも平和な方が良い、余計な血が流れないで済むから。
けれども平和であっても、自分が休む暇はないのだ。
この天然な主の世話をしなければならないから。
「今度、小助と交代するかな…」
「ん? 小助がどうかしたか?」
「いや、別に」
同僚の一人を思い出した佐助だったが、やはり止めて置こう、と結論。
「で、今日は確か、市が開かれる日だったと思うけど、行くのかい?」
「おお、そうであった! 近頃の市は面白い物がよく出回るからな、勿論行くぞ!」
「頼むから財布落としたりしないでくれよ。あーいう所で探すの大変なんだから」
佐助の言葉にそんな事はしない、と拗ねた顔をして見せる幸村。
しかし、一ヶ月前に同じ会話をしたにも関わらず、現実にしてみせた事も事実である。
「この間のは…巾着に穴が開いていたからだ」
「はいはい。縫っといたから、ちゃんと袂に入れといてよ。で、盗まれないように」
「子供扱いするなと言っているだろう!」
「……誰の所為だと思ってんだか」
誰の所為。
それは幸村の所為でもあるのだろうけれど。
放って置けなくなった自分の所為でもあるのだろう。
それを悪くないと思う自分は、やはり忍として失格なのだろうか。
「ほらほら、髪も結わなきゃ」
「あ…いい、佐助、自分でやる!」
「駄目だって、旦那がやるとすぐ痛むから」
「お、女子ではないのだから良いだろう!」
愛用している緋色の紐を、佐助の手から奪い取ろうとする幸村。
しかし決して大きくはないが、確かな身長差の所為で、あと少しと言うところで届かない。
背伸びまでして取り戻そうとする幸村の姿は、幼い子供が取り上げられた玩具を欲しているのと変わりない。
「痛むと絡まったりして邪魔になるぜ。櫛もまともに通らなくなる」
「だから、自分ですると言っている!」
「はいはい。ほら、向こう向いて」
言うが早いか、佐助は幸村の肩を押して反転させる。
背中を向けて畳の上に座らせると、長い髪がふわりと揺れる。
「信幸様が気に入ってた髪だぜ? 無碍にする訳にゃいかないだろ」
「う……」
――――かつてこの役目は、幸村の兄・信幸が行っていた事だった。
長い髪は遊び回るのに邪魔になるだろうと、結って貰っていたこれ。
時によっては何日も家に帰って来ない兄が、帰って来た時に楽しみにしていた行為。
綺麗に梳いて、切り揃えていたのも兄。
この長い髪は、兄が愛してくれていた証。
大人しくなった幸村の頭を、佐助はぽんぽんと軽く叩く。
「才蔵達に見られたら…威厳が無くなる……」
「そんなもん、俺たちにゃ最初から必要ねぇよ」
手際よく項の少し上で束ねて、緋色の紐で括りつける。
痛くないかと聞けば、平気だと言う返事。
束ねた長い髪は、動くたびに尻尾のようにゆらゆら揺れる。
いつだったか、それを掴んで引っ張った記憶がある。
その時、幸村は顔を真っ赤にして怒っていた。
けれども、呼んでも気付かない時、気付かせようと思うとどうしても引っ張ってしまう。
何せ掴み易いものだから、自然と其処を引っ張ってしまうのだ。
袂に財布の巾着を入れて、幸村は軽い足音を立てて外へ向かう。
佐助もそれについて行き、途中で擦れ違った鎌之助に留守を頼んだ。
「行くのは市だけかい?」
「そうだな…見世物があれば、覗いて行きたいな」
「旅芸人が来てるって聞いたけど」
「それは良いな! よし、行く時に見てみよう」
佐助の言葉に嬉々として、幸村は草鞋を履いて外へ飛び出る。
転ばなければいいけど、と思いつつ、佐助もそれを歩いて追う。
「帰りは餡蜜屋に寄るぞ!」
「うぇ〜…またかよー……」
主の言葉に、うんざりとした表情をしながらも。
付き合うことをやめない自分を、佐助はよく判っていた。
おかん佐助。
幸の身の回りの世話は全部彼がやってると萌!
うちの幸村は真田家の屋敷に住んでますが、同居してるのは真田十勇士の面々です。
どんどん捏造されてくよ……