ようやく見付けた獲物だ
逃がす訳にゃあいかないが
そう簡単に捕まえるのも面白くねぇだろ?
「糞ったれが!!」
次々に報告される自軍の崩壊に、元親は苛々としていた。
久しぶりに、この長曾我部軍に合戦をしかけてきた者がいた。
鬼の住む島と恐れられていた四国に上陸し、鉄砲に真正面から立ち向かってきた。
最初は確かにこちらの優勢だったのだが、いつの間にか形成は逆転された。
富嶽はなんとか持ち堪えているようだが、時間の問題と見て良いだろう。
当然、地の利はこちらが有利だった筈だ。
何処で判断を誤ったのか思い返しても、思い当たる節はない。
負け惜しみに聞こえなくもないが、確かな事だ。
ならばこれは、判断を誤った事が原因ではない。
誤算、であったのだ。
音に聞こえた相手を過小評価していた訳ではない。
寧ろ脅威であると判っていた。
一角を崩されれば、其処からやられる羽目になるだろう、と。
その一角が崩されるのが、あまりにも早過ぎたのだ。
まさか此処まで強いとは、そして豪胆だとは知らなかった。
事実は小説より生成りとはよく言ったものだ。
甲斐の虎、武田信玄。
東国最強の騎馬隊。
そして、何よりも。
この鬼が島の鬼を差し置いて、“紅蓮の鬼”とあだ名された人物。
真田源次郎幸村。
部隊の殆どを、その男が蹴散らしていると聞く。
誰よりも先陣に立ち、二槍を持てば天覇絶槍。
武田信玄を崇拝し、その上洛を叶えんと戦う者。
一度は顔を見てみたいものだと思っていた。
期せずして振って沸いた機会、逃す訳には行かない。
けれど、今はそれどころではない。
多くの負傷者への救護はままならず、既に死に絶えた者もいる事だろう。
「真田幸村…此処までとは……!」
まだ歳若いのだと聞いている。
けれども戦歴は他の追々を許さない。
なんでも、最近急激に頭角を現してきた奥州の伊達政宗と一対一で戦り合い、決着は着かず仕舞いだったと言う。
奥州筆頭の男もかなりの実力を持っていると聞いていたから、侮れないものだとは思っていたが……
「殿! 富嶽が……!!」
「ち……騎馬を出せ!」
それでも、そう簡単に落ちる訳には行かない。
この四国を手に入れるだけでも、かなり梃子摺ったのだ。
手放すつもりはない。
また、誰かの傘下に入るつもりもない。
「富嶽が落ちるか……こいつは、俺が出なきゃならんか…?」
それでも、気分が昂ぶっていくのは何故だろうか。
やはり己も、いわゆる戦馬鹿、なのだろうか。
「いいじゃねぇか、それも。てめぇの面、見させて貰うぜ!」
「殿……!?」
「残った奴らを集めろ! 隊列組め! 戦えない奴は近付くな!」
碇槍を手にした元親に、部下がざわめいた。
「死ぬんじゃねぇぞ!! 生きて帰って来い!!!」
その言葉はこと戦に置いて、甘い戯言となるだろう。
誰も死なずに終わった合戦など、一度もない。
それでも、誰もが己を慕って着いてきてくれる者達だ。
この破天荒な主を支えてくれる者ばかり。
死なずに済むなら、それが一番良いのだ。
帰れば、誰か待つ者がいるだろう。
失っていい命など、元親には一つもなかった。
こいつが、真田幸村か?
騎馬を打ち壊した若い男を見て、元親はしばし狼狽えていた。
若いなんてものではない。
これは、少年と呼んで変わらぬのではないか。
けれども、真っ直ぐこちらを見詰める双眸からは、確かな覇気。
「そなたが、長曾我部軍の大将か」
剣呑とした瞳は、ぎらぎらと煌いていて、元親を興奮させる。
なる程、対峙しているだけで相手を圧倒させる力を持っている。
紅蓮の鬼。
「初めまして、だな? ようこそ、鬼が島へ」
碇槍を振り翳し、距離を詰める。
一瞬幸村の瞳が開かれ、予想していなかった行動だったらしい。
けれども本能が働いたか、二槍が元親の斬撃を受け止めた。
近付いてみて判ったが、意外と背が小さい。
元親よりも頭一つ分以上下に、幸村の顔があった。
身長差に物言わせて、上部から力で押さえつける。
けれども、幸村とて負けてはいない。
力は拮抗したままだ、時折槍が軋む音を立てた。
随分と可愛い顔をしている男だ。
戦に立つには、不似合いかも知れない。
「富嶽を落としたの、お前だってなぁ」
「…中々に強敵であったぞ」
「そいつぁ嬉しいね。俺の自慢の要塞だったんだ……が!」
ギン、と金属が弾け合う音がした。
「こんなに早く落としてくれるとはな。相応のお礼が必要だよなぁ?」
「ならば……」
幸村が二槍を再び構える。
構えた槍の先端で、ごうと炎が灯る。
「全力で、お相手して頂きたい!!!」
真っ直ぐに向けられる瞳。
逸らされる事のない、言葉。
戦をしていると、色々な人間を見る。
言葉ばかりの頭でっかち、爪を隠す鷹、全てに喰い付く餓えた狼。
けれども、この紅蓮を纏う者は、どれにも属さない。
珍しいほど、馬鹿正直で真っ直ぐだ。
「そいつは良い! 俺を負かせば、てめぇらの勝ちだ! ただし!!」
退屈しない。
きっと。
これだけ面白い人間は、他にいない。
「てめぇが負けりゃ、お前はこの長曾我部元親が貰うぜ!」
言われた言葉に、幸村は一瞬、呆けた顔をした。
構う事無く、元親は地を蹴る。
「ど…どういう意味だっ!?」
「言葉通りさ。てめぇは武田を抜けて、この四国に残るんだ」
「…そして、お主に仕えろと…言う事か!」
途端に幸村の顔から幼さが抜け落ちる。
「この幸村がお仕えするのは、お館様のみ! 負ける訳には行かぬ!」
その言葉に、ぞくっとしたものを元親は感じた。
恐怖ではない。
苛立ちでもない。
簡単には屈服しない。
その、燃える意思。
挫いてやろうではないか。
この鬼が島の鬼が。
紅蓮の鬼を、招いてやろう。
初書、長曾我部元親。
戦闘シーンを書くのは好きです。下手だけど。
「死んだら海に流してやっから」が大好きだー!
暑っ苦しい話になってしまった……