注意。
かすがが偽者。
佐助がかすがに大して態度が冷たい。
幸村はかすがを知らない。
良ければどうぞ。
「あら……」
「げっ…!」
ばったりと会ってしまった不本意ながらの見知った顔。
佐助の前に立っているのは、本来なら此処にいる筈のない人物であった。
上杉謙信の懐刀である筈の忍、かすが。
過去にちょっとした(かすがにとってはちょっとではないらしいが)因縁があって以来、目の敵にされている。
笑えばきっと良い顔をするのだろうけども、佐助はそれを見た記憶がない。
見た事がない。
と、言えば。
此処は甲斐の街中であるので当然なのだが、今日のかすがは忍服ではない。
ゆったりとした落ち着いた色合いの着物を着ており、こうしているとかなり美人である。
逢う度に般若のような顔しか見ていなかった気がするので、なんとなく新鮮な気がする佐助である。
少々冷たい空気も、これだけ美麗であれば魅力の一つとして許されるだろう。
その内に秘められた棘を、知らなければ。
「……なんでキミが此処にいるのかね?」
此処って甲斐だよな、と判りきった事を呟いてみれば。
「ええ、そうよ」
あっさりと頷かれる。
そうだ、そうだよ。
だって自分の手には、もう直ぐ此処を通るだろう主に渡す予定の団子があるのだから。
これは彼の行きつけの団子屋のものだし、自分はついさっき其処に言って来た筈である。
此処が他の領土である筈がないし、だから当然ながら任務中である訳もない。
それならどうして、かすがが此処にいるのだろう。
やはり偵察か何かだろうかと思う。
そうでなければ、上杉謙信の懐刀が此処にいる訳も無い。
と、思ったのだが。
かすがの手には、佐助が持っているのと同じ団子があった。
幾らなんでも、視察の最中にしては暢気過ぎる感がある。
あまりに不躾に見ていたからか、かすがはむっとしたように眉を顰めた。
「そんなに警戒しないでよ。別に任務で来たんじゃないわ」
「……そういう台詞、そんな簡単に信用されると思う?」
「思ってないわよ。でも、本当なんだもの」
手に持った串団子をゆらゆらと振りながら、かすがは佐助の考えを否定する。
「謙信様からちょっとお暇を頂いたの。いつもご苦労だから、少しは羽根を伸ばして来なさいって」
「……で、わざわざ越後から此処まで来たってのか?」
「ちょっと興味もあったものだから」
「お館様か?」
任務でないにしても、主君の宿敵の意向は気になるものだろう。
己がいない間に何が起こるか判らない世の中だ。
何事か起こる様子があるのなら、すぐさま越後に飛んで帰る準備ぐらいはあるだろう。
しかしかすがは、また小さく否定の言葉を口にした。
尽く外された想像に、佐助は眉根を寄せた。
任務でもない、独自で主の宿敵を観察に来た様子も無い、それならば一体何だと言うのか。
警戒を解く訳にも行かず、自ずと隠し持つ闇器に手が伸びる。
場所が場所なだけに、当然物騒な事は出来ないが。
その時、空気を割って入ってきたのは、明るい高い声。
「佐助!」
途端に緊迫した空気は霧散し、佐助はがくっと肩透かしを食らってしまう。
かすがはあら、と小さな声を漏らして、声のした先に目を向けた。
駆け寄ってきたのは紅がよく似合う、まだ幼さの残る若者。
かすがも彼の事は知っているだろう。
そろそろ通り掛かるころあいだとは思っていたけれど、何もこんな時に。
「旦那ぁああああ!! アンタ、ちったぁ空気を読め!!」
「なっ、なんだ急に!??」
がばっと起き上がったと同時に声を張り上げる佐助に、真田幸村は僅かに退いた。
来たばかりの彼に何事か文句を言っても筋違いなのは判っている。
此処を通るだろうと思って勝手に待ち伏せしていたのは自分だ。
己を見つければ名を呼んで駆け寄ってくるだろう事も、毎度の事なのだから判る事である。
だから、此処でこの天然な主に文句を言うのは、全く意味がないのだ。
それでも湧き上がる衝動を収めることが出来なくて、つい怒鳴ってしまった。
幸村は少々驚いたものの、佐助が突然怒り出すのはいつもの事だと思っているのだろうか。
佐助が怒鳴る原因の大半は幸村にあるのだが、何故だか当人は全くそれに気付かない。
顔を合わせるなり怒鳴られて、幸村はきょとんとして佐助を見返す。
「ああもう、なんでこんな時に……俺って呪われてるのか…!?」
「おい、佐助? どうした?」
大路のど真ん中で頭を抱えてしゃがみ込む佐助。
幸村は訳が判らないと言う声で、佐助に声をかける。
見上げてみれば、見慣れた明るい色の長い髪と、意志の強い瞳。
その頭越しに見える太陽の光が少し眩しかった。
いつも来ている紅蓮の衣の間から白い包帯が見えて、此度の戦でまた傷を負ったのだと判った。
派手な傷ではないのだろうけど、それを見たら少しだけ頭の芯が冷えた気がする。
なんでもないよ、悪かった、と言えば。
幸村は腑に落ちない顔をしては見せたけれど、追求はして来なかった。
踏み込まない方がいいと思ったのか、単純に面倒に思ったのかは知らない。
いずれにしても、其処は助かった。
だが。
ちら、と佐助は肩越しに後方を見遣った。
やはりと言うか、先刻からずっと視線を感じていたから判っていたが、果たしてかすがは其処にいた。
何が面白いのだか、こちらを見ながらくすくす笑っている。
その視線はしばらく佐助と交わっていたが、ついと外される。
かすがの目線が向けられたのは、佐助を挟んで反対側にいる人物だった。
其処にいる人物が誰と聞かれれば、当然、今まで己が会話をしていた者に他ならない。
興味があったって、ひょっとして旦那の事か。
そうだ、どんなに普段は抜けて見えたって、武田の戦神と謳われる男なのだ。
かすがの主君、上杉謙信にとっては、脅威になるやも知れぬ人物である。
武田信玄公とは異なる意味で、注意すべき存在だろう。
「こんにちは」
何を思ったか、かすがは幸村に向ける視線をそのままに、にっこりと微笑んだ。
「え……あ…え?」
「……旦那、気にするな」
きょとんとしてかすがを見る幸村に、佐助は短く言い放つ。
すると、かすがは小さく笑って、こちらに一歩歩み寄った。
反射的に、佐助は幸村を自分の背中へと隠す。
「そんなに警戒しないでって言ってるじゃない」
「……無理だとも言ってるでしょーが」
「佐助、知り合いか?」
相変わらず事情を判っていない幸村が、ひょいっとかすがに顔を見せる。
引っ込んでいて欲しいのに、どうしてこの主はこんなにも物事に鈍いのだろう。
勝ち戦から帰ったばかりで気が緩んでいるのかも知れない。
従者の心主知らずとは、よく言ったものだ。
かすがも幸村に視線を合わせて、またにっこりと微笑んだ。
俺にだってそんな風に笑った事ないじゃないかと思ったが、無理もないと言えば無理もないか。
「あなたが真田幸村?」
「……そう、だが……」
ぎこちない幸村の声。
ちらりと視線を少し下げてみると、顔を紅くしている幸村がいた。
幸村は、女性に対して免疫が無い。
母親とは早くに死に別れ、思い出も殆ど持っていなかった。
年の近い佐助も、真田家の女房の姿をあまり覚えていない。
父親と歳の離れた兄は、幸村が幼い頃に合戦で命を落とした。
幸村は武田信玄の養子に近い形で、面倒を見て貰っていた。
だからと言うか、武田軍は何かと男所帯で、女人と接する機会が少ない。
色町になど行った事はないし、性的な事に関して興味が薄い。
加えて、接吻だのなんだの、そんな話をしようものなら、真っ赤になるほど奥手なのだ。
つまり、幸村は女性に対しての免疫が、全くと言っていいほどないのである。
「見ない者…だな」
「ええ。ちょっと旅をしてるの。この人とは、ちょっとした縁で以前逢った事があって」
よく回る舌だ。
そう思ったけれど、自分もそうなので黙って置く事にした。
「知り合い、だったのか。なら、邪魔をしたな」
「ちょちょちょと、ちょい待ち、旦那! 別に邪魔でもなんでもないから!」
くるりと踵を返して何処かに行こうとした幸村の髪を、ぐいっと掴んで引っ張る。
「痛っ! 佐助、離せ! 何処を掴んでるんだ!!」
「あっ、わ、悪ぃ」
何せ掴み易かったものだから、とは言わなかった。
言えばばっさりと短く切ると言い出して、信玄公でもなければ止められないだろう。
意外と頑固な一面を知っているので、佐助はぱっと手を放した。
引っ張られたのが佐助が思うよりも痛かったのか、幸村は涙目で佐助を睨んだ。
「積もる話もあるだろう? 俺は先に帰ってるから…」
「だから、別に邪魔でもなんでもないって。知り合いったって…その、大した間柄でもねぇし」
「そんな事を言うのは失礼だろう。すまない、私はすぐに御暇するから…」
「気にしないで下さいな。それに」
かすがに頭を下げてまで此処から去ろうとする幸村。
耳まで赤いのを見れば判るのだが、かすがと一緒にいるのが耐えられないらしい。
何処まで初心なんだかと思いつつ、やっぱり帰そうかとも佐助は思い始めていた。
かすがは暫く自分が見張っていれば良い事なのだから、と。
だがかすがの方はにっこりと微笑んで、佐助と幸村と距離を詰める。
「あなたとも、少しお話してみたいわ」
至近距離で、かすがはにっこりと微笑んだ。
あっと言う間に幸村の顔が朱色に染められる。
きっと額に水を入れたやかんを置いたなら、あっと言う間に沸騰してしまう事だろう。
「いっ、いやっ…わ、私は……」
「此処にはついたばかりで、これからどうしようかと思っていましたの。良い所があれば、案内して頂けません?」
「それ、は、その、さ、佐助に……」
おいおい、俺に押し付けるのかい。
そう思ったが、それならそれで好都合なのだ。
「ほら、旦那。だらしねー顔してないで」
「なっ!? だ、誰がっ!!」
顔を真っ赤にして置いて平静を保とうとするなど、無理な話だ。
佐助の言葉を躍起になって否定する幸村だけど、誰が見ても動揺していると判る。
「団子やるから、先に帰ってろよ」
「お前っ! それが主に対する言葉か!?」
「はいはい、いい子だからもうおうち帰ろーね」
持っていた甘味屋の袋を幸村に押し付けて、背中を押す。
突然の事に袋を落としかけた幸村だったが、それがなんなのか認識して、慌てて庇う。
佐助があまりに急かすので、幸村も観念したか。
少し拗ねた顔をしながら、幸村はしっかり団子の入った袋を抱いて、こちらを見遣る。
何事か文句を言うかと思ったが、口では佐助に敵わないと判っているのだろうか。
小さく一つ溜息を吐くと、幸村はくるりと背中を向けた。
これで頭痛の種が一つ減った。
佐助は嘆息して、かすがへと向き直る。
しかし、振り向いた先にかすがはいなくて。
「えっ!? ちょ、あ、の、えぇっ!!?」
聞こえた声に慌てて振り向くと、かすがに腕を組まれている主がいた。
「アンタ何してんだ!!」
「いいじゃない、減るものじゃないんだから」
「さ、佐助〜……」
「旦那も情けない声出すなよ!」
助けを求めるように見詰められるけれど、佐助としてもこれは対処に困る。
今日のかすがは着物であると言う事もあって、何処から見ても美麗な女人である。
かすがが御主君の宿敵である上杉謙信の懐刀だなどと、幸村は夢にも思っていないだろう。
彼女が先刻言った通り、旅路の最中で、任務で遠出した佐助とふと知り合っただけの女性と考えている筈だ。
此処で本当のことを言う訳にも行かないし、無理に振り払う事も出来なかった。
幸村と腕を組んだかすがは、楽しそうに笑んでいる。
それを見た幸村が益々顔を赤くするものだから、彼女には面白いものだろう。
「おい、旦那はもう帰るんだ。離してやってくれよ」
「ねぇ、これってあそこの甘味屋ですわよね。“甘楽”って言う…」
「そ、そうですが……あ、あの……」
「先程あそこでお団子を食べたんです。美味しかったですわ」
「はぁ………」
「甘いものはお好き?」
「え、ええ、まぁ……」
「俺の話を聞けよ!」
佐助を綺麗に無視して、かすがは幸村を見詰めて話をしている。
幸村はドギマギしながら、質問に短く答えている。
短く、と言うか、まともに声が出てくれないのだろう。
「他に何処かあります?」
「えっと……あ、あの…その……」
話しかけられるたびにぎこちなくなる幸村と、楽しそうなかすが。
……と言うか、どう考えても面白がって楽しんでいる。
「そう言えば、さきほどあちらにも美味しそうな店がありましたわね」
「あ…あそこは、先日…その、出来たばかり…だとかで……」
「では、そちらへ参りましょう」
ぐい、とかすがは幸村の腕を引いて歩き出す。
「ちょっ、旦那ァ!」
「さ、佐助〜〜〜!」
かすがの手を振り払う事も出来ず、幸村は引き摺られていってしまう。
佐助が慌ててそれを追い駆けるけれど、かすがは止まるつもりはないらしい。
それどころか、こちらに向かってにっこりと微笑んで。
「あなたと違って可愛い子ねぇ、ちょっとお借りするわね♪」
「ちょっ………旦那に妙な事すんじゃねぇええええええ!!!!!!」
私が剣となるのはただ一人
ただ今だけは、
その刃は、収めておくとしましょうか
かすが偽者でごめんなさい…この子のキャラがまだ判らない…
ゲームの方でプレイしてないので、戦国マガジンのちょっと明るめ(?)な方で。
佐助とかすがの間柄がやっぱり判りません…
真っ赤になるウブな幸村が書きたかっただけです……