この命








尽きるまで








































甲斐では、しばらく平和な日々が続いている。
二週間ほど前に大きな戦があったけれど、大きな町は巻き込まれずに済んだ。
山々の中にある小さな村落は大なり小なりの被害を受けてしまったけれど、武田の圧勝となり、
信玄公の意向により援助もあって、少しずつ回復に向かってきていると聞く。

夏の暑い日差しは疲れた躯に少々応えるけれど、この温和な日々は喜ばねばなるまい。
戦が起これば民は巻き込まれ、多くのものを失い、苦しむ事になる。
それは敬愛する人物の思うところではない。




けれど。










「退屈そうだな、真田の旦那」





聞こえた声に振り向けば、馴染んだ顔が其処にある。

真田家に仕える、忍頭の佐助だった。
自分とあまり歳は変わらないはずなのだが、何処か冷めた性格で落ち着いている。
それを言うとアンタが落ち着いていないだけだと言われだのだけれど。


さすが忍と言おうものなのか、佐助は観察眼が鋭い。
でなければ偵察等で役に立つものも立てなくなるのだが、佐助は一際飛び抜けていた。
気配や空気の変化にも敏感だった。




「退屈そうって……」
「平和は戦馬鹿には暇かもなぁ」
「誰が戦馬鹿だ。平和は良い事じゃないか」





何を不満に思う事があるのかと、幸村は佐助を睨み付ける。
けれど甲斐の民にまで可愛いとまで言われてしまう自分では、剣呑さを含んでも覇気が見られないらしい。
締りのない顔だからだろうといつだったか言われたのを覚えている。
実際佐助は慣れたものか、特にそれを気にした風でもなく、肩を竦めるだけだった。

何もかもお見通しだと言わんばかりに、佐助の切れ長の瞳が細められた。

佐助にはいつも、隠している胸中を見破られる。
付き合いが長いからか、それとも、そんなにも自分は判り易いのだろうか。
忍故か一線を引いているので踏み込んだ事は聞いてこないけれど、時々心中穏やかでなくなってしまう。
隠している事を全部暴かれているような気がするから。
こんな事を考えてしまう事も、ひょっとしたらバレているのかも知れないのだ。





「俺も平和は嫌いじゃないけど」
「なら良いだろう」
「俺はね」





意味深な瞳を投げかけられて、幸村は意識する前に視線を逸らしてしまった。

佐助が苦笑を漏らす声が聞こえる。




「鈍っちまうのは良くねぇからなあ」





もうちょっと運動したいかな、と佐助が一人言のように呟いた。





「……お前は視察に行って来たばかりなんだろう」
「ああ。でも、近く回っただけだからな。いつもみたいに奥州だ備後だって程じゃなかったし」





当然だが、総大将の信玄公は館から中々離れられない。
その近辺警護をほぼ一手に任されている幸村も、それは同じである。
国境から少し向こうぐらいならば合戦で赴く事はあるけれど、それ以外は無いに等しい。
幸村は、戦以外でこの甲斐から出た事がないと言っても過言ではないだろう。


だから幸村は、自分の世界がずっとずっと狭い事を知っている。
けれどもそれを不満に思った事も無かった。

お館様に仕えるだけで、幸村は満足だったのだ。
外の世界を知らなくても、この甲斐にいれば、敬愛する人物の傍にいられる。
今ではその人物の右腕とまで言われて、これ以上の誉れは無い。




「奥州はこの時期涼しかったぜ。薩摩は地獄みてぇな暑さだ」
「……そうか」
「旦那も暇があったら何処か遊びに行ったらどうだい?」
「暇って……そんな時間がある訳ないだろう」





幸村の返答は粗方予想が出来ていたのだろう、佐助はそうかぃ、と言っただけだった。





「けどなぁ旦那、奥州の方に面白い輩がいたんだよ」





アンタと同じ年頃で、と。
これは、聞かない方が良いような気がしてきた。
しかしこのまま何も言わなければ、佐助は話を進めるだろう。

佐助の土産話は、決して嫌いではない。
視察のついでに各地の名物を買ってくる事もあるし、甘いものなんかだと自分だって嬉しい。
地方の変わった祭り事や、変わった建物の話を聞くのだって楽しい。
外に出る事が出来ないから見る事は叶わないし、想像するしかないけれど、不満を覚えたりしない。


ただ。





「奥州筆頭の伊達政宗だろう? その話は前に聞いたから、もういい」






言って話を強制終了させて、幸村は佐助をその場に置いて歩き出した。

だから、佐助がその後呟いた言葉を、幸村は聞いていない。





















『そんな淋しそうな面、俺は見たくねぇんだよ』






































自分には、戦しかない。
合戦しか知らない。



父の真田昌幸、兄の幸正もそうだったと聞いた。

父は幼い頃に亡くしたし、兄とは歳が離れていて、やはり幸村が幼い自分に討ち死にした。
壮絶な最後だったと聞いて以来、幸村の中で父と兄は神格化されている。
比べられる事も多かったけれど、それに劣等感を抱いたことは無い。
寧ろその名に恥ずまいと、背中を押された気持ちになる。

昌幸は信玄をも唸らせるほどの智将であったと、古株の武将から言われた。
生憎自分は其処までの脳を持ち合わせていないので、それには応えられなかった。
だが、戦に置いての戦歴は兄を上回るものだと言われた時は嬉しかった。
ろくに顔も覚えていなかったけれど、何度か手合わせと称してちゃんばらごっこをしていた記憶がある。
いつも勝てなかったから、現実上では勝てなくても、彼を勝った事は酷く嬉しかったものである。



二人とも、戦の中で命を落とした。
それは武士として、天寿を全うするよりも誉れと思うべき事だろう。

乱世の中に生まれ育ち、生きて、そして死ぬ。
敬愛する主君の天下を見れなかったのは、少しだけ残念かも知れないけれど、
その意志は息子へ、弟へと確実に繋げられている。


各地が天下統一を夢見て立ち上がっている今、この甲斐武田にも好機である。
自分の代で見る事が出来たなら、それは黄泉で見ている彼らにも喜ばしい事であるのだろう。














だが。


この乱世が終わった後の事が、自分には何も見えないのだ。
狭い箱庭から出たいと思った事も、一度もないから。


































































「我が名は真田源二郎幸村!!」

「奥州筆頭、伊達政宗……推して参る!」










ごうごうと燃える焔の熱に浮かされて、脳の神経が麻痺していく。











「俺の邪魔は、誰にもさせねぇ……!」

「お館様に仇なす者は、この幸村の槍に散る……!」










紅い華を咲かせる水が、あちらこちらを濡らして真っ赤に染め上げる。











「HA……いいね、いいね! 戦の華だね!!」

「おぉおおぉおおおっ!!!!!」















この命、尽きるまで。













「アンタと闘り合うのは、飽きねぇよ」

「……お主と逢えた事、感謝する…!」
















この命、果てるまで。

























「俺は、天下を取る」

「お館様のご上洛、この幸村が叶える…!」






















戦の中に生き、そして、死ぬ。
























「なぁ、アンタ」






























だから、だから、どうか。

























「戦が終わったら、俺もお前も、きっと退屈で死ぬんだろうな」




















































戦の、中で。

この、戦場で。






















































「……叱って…下され………お、館…様…………!……」






















































この命、尽きるまで。






















































……死…ネタ…一歩手前……。

佐助は何処行った?