今 幸せかい?























その問いには



どんな風に答えたらいいんだろう














































「佐助―」







いつものように呼んでみると、不思議な事に返事がない。
いないのだろうかとも思ったが、つい先程、姿を見かけたように思うのだが。


自分が彼を見間違える筈がない。
だって、幼い頃からずっと一緒にいるのだ。
それこそ、幸村が物心のつく以前から。





「佐助、何処におるのだ?」






ひょっとして、外に行ってしまったのだろうか。
何事か火急の任務が入っても可笑しくない。
けれども、自分に何も言わずに出て行くとは思えない。
いつだって彼は、幸村の事を気にかけていて、遠出する時は一言声をかけてくるのに。


折角買ってきた団子を一緒に食べようと思ったのに。
手元にある団子の入った袋を見て、幸村は溜息を吐く。

どうせあまり食べないのだから、自分が全部食べてしまおうか。
けれど今回は、佐助と一緒に食べようと思って買ってきたのだ。
決めて仕入れてきたのだから、当初の目的は果たしたいものである。




「幸村様、どうなされた?」
「おお、才蔵か」




切れ長の目をした男が、いつの間にか傍に立っていた。

霧隠才蔵、真田隊に置いて佐助の次に実力を持っている者だ。
落ち着いた男で、何事も客観的に見ることが出来る。
幼い頃、幸村には彼がとても落ち着いていて、憧れとして見ていた事もある。
……一番数多く残っている記憶は、切れ長の目が怖くて泣いていた事だったけど。




「佐助を知らぬか? 団子を一緒に食べようと思ってな」
「離れにおるかと」
「離れか。感謝するぞ、才蔵。そうだ」




ごそごそと袋を漁って、一本の串団子を取り出す。






「たまには才蔵も食べてみろ、甘くて美味いぞ!」





佐助とはよく一緒に食べているけれど、他の者とは滅多に一緒にならない。
隣にいるのが当たり前になっている佐助と比べると、あまり話をしない。

この程度の交流さえ、中々機会がなかったりする。


突っ返されるかと思ったが、才蔵ははにかんで笑うと、団子を受け取った。

それに満足に笑って、幸村は離れに向かって踵を返した。

































相変わらず名前を呼びながら、幸村は離れに上がった。

佐助が離れにいるなんて珍しい。
ひょっとして、何か探しものか、いや、一人になりたかったのだろうか。
元来、あまり人と一緒にいる事を好まない性格だ。
幸村とは当たり前のように隣に在るけれど、やはり気疲れでもするのか。
そう思うと、ほんの少しの罪悪感と一緒に、淋しさも去来した。


やっぱり引き返そうかと思いつつも、足は自然と奥へ奥へと向いている。
団子も早くしないと固くなってしまうし、竹筒の茶の美味さも滲んでしまう。





「佐助―」





一人になりたいのでなければ、呼んだら来てくれるかも知れない。
けれども、返事もなく、幸村の高い声だけが反響して消えた。





「佐助―、佐助―」





離れと言っても、結構広い。
屋敷に比べれば、こぢんまりとしたもののようにも見えるけれど。


とにかく歩いて、幸村は片っ端から部屋の戸を開ける。








そうして、幾分が経っただろう。

奥まった一室で、縁側に寝転んだ佐助を見付けた。









仔犬宜しく、幸村の表情がぱっと明るくなる。





「佐助!」




見つけた時に名前を呼ぶのは、最早癖のようなもの。
そうして呼ばれた相手は振り向いて、片手を上げて、おう、と返事をするのだ。

けれども、今日は違った。
声も聞こえていないのか、佐助からはなんの反応もない。
起き上がる様子もなく、寝転んで空を見上げたままだ。



返事がなかったのが不満で、幸村は唇を尖らせた。
気分でそういう日もあるだろうとは覚悟しているが、実際にされると、気持ちの良いものではない。

荒っぽい足音を立てて、幸村は佐助に近付く。




「佐助、主が呼んでおるのに返事もせぬとは何事だ!」




そういきり立って言って見たけれど。
見下ろした佐助の顔に、幸村はきょとんと目を丸くした。

この顔を佐助が見たら、間抜け面、と言って笑っただろう。
けれども、その当人の瞳は閉じられたままで、半開きの口からは小さな呼吸が漏れている。
両腕で枕を作って頭を乗せて、脚は縁側の外の方へと投げ出されている。








寝ているのだ。








気付いてから幸村は、慌てて口を手で覆う。
それで出してしまった大声が消える訳ではないのだけど。


けれども、あれだけの大声で呼んで、佐助が目を覚まさないとは。
忍としてそれはどうなのだと思いつつ、疲れていたのかと少し心配にもなった。

少々間の抜けた感があるらしい(佐助に言わせればかなりだと言うが)自分に代わって、
佐助はいつだって緊張を保っていて、周囲の気配を探っている。
気疲れもしようと言うものか。
真田隊の長としての重責もあるだろうし、加えて主の補佐もせねばならない。

いつも当たり前のように隣にいてくれる佐助だけれど、結構忙しくて大変なのだ。




起きなくて良かった。

数秒前とは打って変わって、幸村はそう思った。




眠る佐助の隣。
頭の横に自分の頭を置いて、反対向きにうつ伏せて寝転がった。
少し上体を起こして、佐助の顔を覗き込む。

起きている時に開かれているきつめの眦は、今は形を潜めている。
常の口煩さが嘘かと思えるほどに静かに眠っている。
やっぱり忍として、眠る時の訓練もしたのだろうか。
気をつけなければ聞こえないほどの寝息だった。

寝返りも打たないし、本当に静かである。




ふと空に目を向けると、なるほど、良い晴天だ。
風は軟風、陽気を含み、昼寝するには持って来い。

佐助は昼寝をしたくて、此処にきたのだろうか。
この場であれば、幸村がどれだけ大きな声で呼んでも、そう簡単には届かない。
邪魔をしたかな、と思いつつも、幸村ももう移動する気はなかった。





そうだ、と幸村は立ち上がる。
団子はその場に置いて、室内へと戻り、箪笥を開けた。


其処に入っているのは、既に着る事のなくなった衣服ばかり。
幼い頃に来ていた着物もあれば、父や兄が愛用していた羽織もある。

その中から、幸村は大きめのものを取り出した。
薄い緋色の羽織の背には、見慣れた六文銭。
多分、兄が使っていたものだと思う。

お借りします、とこの場にいない兄に向かって呟いた。





縁側に戻ると、相変わらず佐助は眠っている。
気配に敏感であるはずの忍が、こうまで無防備に寝顔を曝してくれるとは。

安心してくれている。
そういう対象にされている。
それが少し、嬉しい。






佐助の上体に、兄の羽織をかけてやる。

気候は随分と暖かいけれど、このまま陽が傾いていったら判らないだろう。
一昨日は熱帯夜だったけれど、昨日は冷え込んだ。
佐助がこのまま起きなかったら、下手をしたら風邪を引いてしまう。







「団子は……起きたらでいいか」








自分にしては、珍しいことだと思う。

でも、今日はそんな気分なんだ。
一緒に食べたいって思ったから。





























































「……ん……?」





ふと目を開けたら、眩しい光が網膜を射抜いた。
後頭部に当てていた手で、影を作る。

頭を起こしてみると、向いた方向は丁度西側だったようで、陽光が目に痛い。
瞼の裏まで赤く見えて、色彩感覚が可笑しくなったんじゃないかと思った。




……西陽?






「やべっ!!」





眠っていた。
しかも、かなり長い時間。

覚えているのは、太陽がまだ真上にあった頃の時間帯。
それから今まで、少なくとも半日は経っている。


主のことをほったらかしだ。
他の誰かが世話をしてくれているかも知れないけど、あれの面倒は自分にしか見れない。
才蔵はなんだかんだ言って甘いし、小助では一緒になってしまう。
十蔵は振り回されそうだし……やっぱり自分でなければ駄目だ。



そう思って跳ね起きると、何かがはらりとずり落ちた。
思わずそれを掴んで拾う。

見てみれば、それは主の兄である信幸が愛用していた羽織だった。
少々色あせた緋色であったが、六文銭はまだ鮮やかだ。
これは確か、この離れの何処かの箪笥に仕舞っていたのではなかったのか。





「だらしがないな、頭」
「あ? ……才蔵か」





裏庭の方から足音がして、同僚が顔を出す。
腕を組んで立っている姿は威圧感があるが、表情は柔らかい。
やっぱり目尻は鋭いままだけど。




「随分、長い事寝ていたようだったな」
「…つーか、これ……」




お前な訳ねぇよな、と言うよりも先に。
才蔵は佐助の少し後ろを指差した。

一体なんだと思いつつ、肩越しに振り返ってみれば。









仔犬のように丸くなって眠っている、幸村がいて。









「……幸村様がそれをお前にかけていた。その後、自分も眠ってしまわれたぞ」
「……うっそ」
「事実だ」




幸村の呼ぶ声がなかったとは思えない。
眠っていても、それを聞き逃さない自信がある。

けれども、今の今まで自分が眠っていた事も事実で。




「幸村様が眠ってから、お前ぐらいは起こした方がいいかと思ったのだがな」
「じゃあ起こしてくれよ……」
「……気が失せた」




はぁ? と。
間の抜けた声を出しながら、佐助は才蔵に向き直る。






「お前がそうやって眠るのは、幸村様が傍におられる時だけだ。
……幸村様も、俺達が傍にいても、其処まで無防備にはならない」





そうだっけ? と佐助は頭を掻く。
いつも傍にいるものだから、幸村が佐助抜きで真田隊と話をしているのをあまり見た事がない。

今も幸村は、無防備なままで眠っている。
幼い頃からこの寝姿は見ていたけれど、いつまで経っても変わらない。
主がこうだから、自分が回りに気を配らねばならぬのに。



見下ろしてくる才蔵の目が、幸村へと方向を変える。








「……邪魔をしては悪いだろう?」








そう言って笑う才蔵が、珍しく悪戯が成功した子供のような顔をするから。
佐助は溜息を吐いて、また仰向けに寝転がった。






「へいへい、ありがとねっと…」
「警備は俺達でやろう。気兼ねせず、寝るといい」
「さいですか」





寝るといい、と言われたって、どうせもう眠れやしないのだろう。
すっかり目は冴えてしまったし、そろそろ夕餉だ。
このまま自分が寝てしまったら、夕飯時に幸村を起こす者がいなくなる。
そうすると夕餉を食い損ねて仕舞う訳で……夜になってから腹が減ったと言われる始末だ。

才蔵には其処まで判らないんだろうなと思いつつ、佐助は眼を閉じる。
瞼の裏でも、陽光が煌いていた。





「幸せそうだな、頭」
「はい?」





すぐにいなくなるのかと思っていたが、才蔵は笑いながらこちらを見ている。





「幸せだぁ? 誰が?」
「お前が」
「何処をどう見りゃそう思えるの」





胃潰瘍まで患いそうなのに。







「否と言い切れるか?」
「そりゃ ……あー………」









何故か言葉に詰まってしまうと、ほらな、と肩を竦められた。
おい、と佐助が呼んでみるけれど、才蔵は今度こそ踵を返した。

そのまま歩き去ってしまうのを見送って、佐助は本日何度目か判らない溜息を吐く。







砂利を踏む音が聞こえなくなって、佐助は空を仰いだ。
夕闇が濃くなっている傍ら、烏の鳴き声も聞こえてくる。
その合間を縫って、小さな寝息。

寝転がったままでくるりと反転する。
仔犬のように丸くなって眠っている姿は、見ようによっては寒さに耐えているようにも見える。
一昨日は熱帯夜、昨日は冷え込みとなって、果たして今晩はどうなるのだろうか。
昼間は穏やかな気温だったのに。


このままでは、主が風邪をひく。
その主がかけたという信幸の羽織を、今度は佐助が幸村にかけてやった。





自然と、口元が緩んでいた自分に気付く。

ああ、だらしない。
こういう顔をするのは、主だけじゃなかったのか。
それとも、いつも傍にいたりするから、伝染ったのだろうか。





ごそごそと幸村が身動ぎして、羽織を掴む。
ふにゃっと顔が緩んで、小さな笑みを象った。

ほら、やっぱりこれは主の専売特許だ。








「幸せそう、ねぇ」









丸くなって眠る仔犬の横で。
この場合、自分はその親犬になってしまうのだろうか。

いつだったか見た犬の親子の姿。
構ってくれと周りをちょこまか駆け回る仔犬と、仕方がなさそうに、それでも易しくあやす親犬。
仔犬が遊びつかれて眠ってしまうと、親は眠たそうにしながらも、仔犬を護るように寄り添って。



滅多に親や兄と一緒にいれなかった幸村が、羨ましそうに見ていたのを覚えている。





その、幸せそうな光景を。


















「……あんたは、今は幸せかい?」


















父も兄も、もう帰って来ないけれど。

乱世が続く世の中だけど。










あんたがいて、多分、俺は幸せだけど。










俺がいて、あんたは今、幸せかい?









































一緒になって寝ちゃった幸村。

安心できる人の傍だから、きっとそんなに無防備になれる。




そこまで出来る人がいるのは、きっと幸せなことだと思う。