銀の世界と極彩色
ふわふわ ふわふわ 降る雪に
きゃあきゃあ 響いた高い声
『来年も皆で遊ぼうね!』
「うきゃっ」
聞こえた声に、巨大な雪球の横で揉めていた三人は振り返る。
そしてその先にあったのは、子供の身長の半分程の大きさの雪球の後ろで、顔面を雪に埋もれさせた幸村の姿だった。
一瞬何をしているのかと佇んだ政宗と元親であったが、佐助の動きは早かった。
「何やってんの、幸!」
「う〜……」
雪に伏していた幸村の傍まで駆け寄ると、佐助は小さな体を抱き起こす。
被った雪を手で払うと、佐助は几帳面に幸村の上着を着せ直した。
幸村の鼻先はすっかり冷たくなり、山椒のようにぽつんと赤く色づいている。
それが可笑しいような可愛いような気がして、半ば呆れ気味だった佐助の口元が緩む。
解けた襟巻も手早く巻き直し、佐助は苦笑しながら「大丈夫?」と問いながら幸村の頭を撫でる。
それを一通り見つめていた政宗と元親が歩み寄る。
「何してんだ? 幸村」
「これお前が作ったの?」
傍らで佇んでいる成長途中の雪球をぽんぽんと叩く元親。
幸村はその質問にこくこくと頷いた。
「どうすんだ、これ」
「まさかあんなにでっかくするんじゃないよな?」
「ん〜…あんなには、しない…と思う」
少し曖昧な返事ではあったが、否定の言葉に政宗がほっと息を吐く。
これ以上あんな大きな雪球を庭に置かれても、どうしていいか判らない。
春になれば溶けて消えていくだろうが、それまで邪魔で仕方がない。
そんな政宗の心中など知らぬまま、幸村はまた雪球を転がし始めた。
「幸、それどうするの」
「あれ作りたい!」
「あれって……」
名前の欠片も出ないままに告げた幸村に、佐助はまた呆れた顔。
しかし幸村はお構いなしに雪球を転がして行き、その表情は楽しそうに見える。
止めて邪魔をするのも気が引けて、佐助は腰に手を当てて雪球を転がす幸村を眺める。
あれってなんだよ、と元親が聞いてきたが、佐助とて聞き出せていないから判らない。
幸村が主語を丸々抜いてしまう事は珍しい事ではないし、佐助は慣れているから少ない情報で幸村の言いたいことが判る筈。
―――――と言ってもそれもやはりある程度の情報があっての事で、今回は何も教えられていないのだ。
いかな佐助と言えど少々難度が高かった。
「……ひょっとして、あれか?」
幸村を眺める傍ら、元親が作り上げた巨大な雪球を見ていた政宗が呟く。
「あれってなんだよ?」
「snowman」
「………は?」
佐助へ向けたものと同じ質問をした元親に帰ってきたのは、耳慣れない異国語。
幼い癖に何処から聞いてくるのか。
政宗の父は異国との貿易も率先して勧めているから、その影響を受けているのだろうか。
時折こうして異国の言葉を口にして、周りはもう一度聞かねばならないという二度手間に見舞われることがある。
今回も同じく、聴きなおしてくる元親に、政宗も言いなおす。
「雪だるまだよ。お前が作ったのを体にすりゃ、丁度良いんだ」
それにしたって巨大な雪球であるが、幸村は其処まで考えてはいないだろう。
そろそろ身長の半分を越してきた雪球を、幸村はまだ一所懸命転がしている。
「元就と半兵衛どうしたんだ?」
「元就は病み上がりだし、半兵衛はもともとああでしょ。中にいるよ」
三人で揉めている間に屋内に戻った元就と半兵衛は、縁側に火鉢を置いてこちらを眺めている。
正確に言えば幸村だけを見ているのだろうけれど。
ぽてぽてと軽い足音を立てる幸村は、大きくなっていく雪球が嬉しいらしい。
大きさを確認するように時折遠くに回って眺め、また転がしていく。
放っておいたらそのうち最初の目的を忘れてしまいそうで、三人は顔を見合わせて笑う。
ぽすんと音がして振り返れば、またしても雪と仲良しなっている幸村の姿。
しばらくもぞもぞと身動ぎしてから起き上がると、被ってしまった雪を払い除けてまた球を転がしていく。
「しょうがねぇなぁ……」
ぽつりと呟いたのは政宗だ。
幸村へ駆け寄っていくと、転がす雪球に手を添える。
「政宗?」
「手伝ってやるよ。俺の方がこういうの慣れてるし」
「あっ! ずりぃぞ、お前!」
幸村に笑いかける政宗に、元親が子供のような―――実際子供なのだが―――声を上げた。
それに構わず、幸村はぱっと明るい表情になると、
「あ、じゃあ政宗、あれ作って!」
「……他にもなんか作るのか?」
「ん!」
満面の笑みで楽しそうに言う幸村に、政宗は他に何を作るのかと考える。
「あのね、住めるとこ!」
「はぁ??」
にこにこと嬉しそうな幸村だったが、政宗はなんのことだかまるで判らない。
雪球を転がす手を止めて見つめてくる政宗に、幸村はきょとんとして見つめ返している。
何か変な事を言っただろうか、と幸村の瞳は本当に口よりもものを言う気がした。
幸村の言うものがなんだろうかと考え始めたところで、その様子を眺めていた佐助がぽんっと手を打った。
「ああ、かまくら」
………なる程、と政宗も元親も得心がいった。
実際幸村はこくこくと嬉しそうに頷いていて、佐助の言葉は見事に当たったらしい。
雪で作れる住める場所と言ったら、確かにかまくらぐらいのものだ。
何故その名前がとっさに出てこなかったのか―――思えば、幸村は雪だるまさえ口に出して呼んでいない―――、
それは周りが考えて答えが出るものか定かではないので、一様に考えない事にした。
それよりも幸村が何を思ってそれも作って欲しいと言い出したのか。
うきうきと嬉しそうに楽しそうにしているのを見たら、政宗達にとって理由なんてものは行動の二の次だ。
雪を転がして二つ縦にくっつけるよりも、かまくらの方が難しそうだと思うのは間違いではない。
雪山を作って固めるまでは良しとして、人が入れるほどの穴を掘るのが大変だ。
「幸、かまくら作りたいの?」
「作りたいけど、作り方判んない」
「だろうね」
甲斐も雪は降るが、こんなにも積もることは滅多にないだろう。
だからかまくらを作った経験なんて、幸村は勿論、佐助もなかった。
甲斐と同様に温暖な気候にある四国で生まれ育った元親も、それは同様だ。
そうなると自然と、北国で生まれ育った政宗にお鉢が回って。
「政宗、かまくら作ってくれる?」
ことん、と首を傾げて言う幸村に、ぽんっと政宗の頬に朱が昇った。
「うわっ、何これすっげぇ!!」
それまで聞こえていなかった声が聞こえて一同が振り返ると、其処には黄色の子供が立っていた。
子供の片手にはまだ温かな湯気をたてている鍋があり、其処から美味しそうな匂いが漂っている。
「慶次ー!」
「幸! なんだこれ、すっげーな!」
駆け寄る幸村を受け止めながら、慶次の目は大きな雪だるまとかまくらに向けられている。
「これ、幸が作ったのか?」
「んーん。皆で作ったよ」
「皆?」
言われて庭を見渡せば、政宗、佐助、元親が立っていた。
かまくらの中には元就と半兵衛もいて、話に聞いていた子供達が全員集合している。
本当は慶次も一昨日のうちには此処に辿り着いて一緒に遊びたかったのだが、色々と不都合が重なった。
昨日吹雪の最中を叔父の利家とまつに連れられてやっとのことで奥州に辿り着き、宿場町に泊まった。
そして朝を迎えて一番に此処へ向かいたかったのだが、まつが遅れた事への侘びと土産と称して鍋を持たせた。
ようやく宿を出た慶次は、走って走って転ばないように、気ばかり急いて此処まで来たのだ。
辿り着いた慶次は、真っ先に大きなゆきだるまに目を奪われた。
皆で作ったのだという幸村の笑顔に、心の底からそれに参加できなかった自分が悔やまれる慶次である。
半兵衛はもとより運動が出来ぬので見ていただけだろうが、それだって慶次にしてみれば酷く羨ましいことだ。
今日の朝一番に皆と一緒に見たかった雪を、慶次一人だけは其処にいることは叶わなかった。
仕方がない事ではあったのだけど、慶次とてやはり子供だ。
周りの事情に振り回されてしまった数日前の出来事に、内心酷く苛立ったりしたものだ。
「あーっ! 俺も一緒にやりたかった!!」
じだんだ踏んで言う慶次に、幸村がくすくすと笑う。
まだ他にも作るから、と言いながら。
「まだ色んなの作りたいの。政宗が教えてくれるって」
「じゃ、次でっかいの作る時は一緒に作ろうな!」
慶次の言葉に幸村が大きく頷いて、太陽のような笑顔。
何よりその笑顔が一番大好きな慶次は、それだけでさっきまであった苛々も消えていくのを感じていた。
それから自分が持ってきた鍋の事を思い出し、幸村に見せてやる。
「これ、まつ姉ちゃんから! 鱈の鍋だよ、皆で食べなさいって」
まつの料理の腕前は、此処にいる子供達の誰もが知っている。
幸村の瞳がきらきらと輝き出して、素直なその様子に慶次も笑う。
少し蓋を浮かせればまだ暖かいいい匂いがして、幸村の口端から涎が垂れている。
慌ててそれを拭う幸村を見てから、慶次はまた蓋をして鍋を持ち直す。
直接熱いだろうからと鍋持ちの変わりに渡された手袋は、意外と助かっていた。
鉄鍋で作ってそのまま持ってきたので、持ち手もすっかり熱くなっているのだ。
「かまくらに置いときゃいいのか?」
「うん!」
「皆で食べような!」
「うんっ!」
慶次は政宗と同い年で、幸村と一つしか違わない。
けれど幸村が小柄な所為か、やはり幸村は末っ子のような扱いを受けるのだ。
幸村がそれにとくに疑問を感じないので、この遣り取りはいつもかわされる。
ぽんぽんと幸村の頭を撫でてから、慶次はかまくらへと向かった。
政宗が作ってくれたかまくらは、此処に集まった子供達全員が使ってもまだ広々としたものだ。
何故だか特別張り切って作ってくれたらしく、雪で作った椅子も人数分設置してくれた。
鍋が置けるように、土と雪と石を使って小さな囲炉裏も作られ、出来上がった時は跳んではしゃいだ幸村だ。
その囲炉裏の上には既に大きな鍋が置かれ、それは小十郎が用意してくれた豚汁だった。
まだほこほこと温かな豚汁は、元就と半兵衛のお気に召してくれたようである。
ちなみに雪だるまは下半身の大きさの都合もあって、子供達の二倍ほどの身長になっている。
幸村と政宗、佐助と元親の四人でなんとか頭を乗せ、顔は石を使って佐助が作ってくれた。
雪だるまに巻いた襟巻は、政宗が何処からか持ってきた古い端切れを繋ぎ合せたものだ。
慶次を見送ってから、幸村は踵を返す。
すると雪だるまの下でしゃがんでいる佐助と元親とは別に、一人でしゃがんでいる政宗を見つけた。
雪球騒ぎについてはいつのまにかお流れになったらしい。
元親はもとよりあまり気にしていないようだったし、言っても無駄だと政宗と佐助も思ったのだろう。
けれども一人で何かこそこそしているような政宗に、幸村は意識を引かれていた。
「政宗?」
何してるの、と後ろから覗き込んでみる。
と、それに気付いた政宗が覗き込む相手を確認するより早く、手元に何かを隠した。
「―――――って、なんだ幸村か……」
「ねぇ、何してるの?」
繰り返し問うと、政宗は周りを一つ見回してから、立ち上がって手の中に覆っていたものを見せる。
其処にあったのは、小さな小さな雪だるま。
小さく可愛いその雪だるまに、幸村はぱっと明るい顔になる。
「可愛いもんだろ? こういうのも」
「うん!」
そう言ってまた幸村が目を輝かせるものだから、政宗は照れ臭そうに小さく笑む。
一緒に作るか、という言葉に帰ってきたのは、一番好きな笑顔だった。
ふわふわ ふわふわ 降る雪に
きゃあきゃあ 響いた高い声
『ずっと君と一緒にいられますように』
一度書いてみたかった、ちみっ子大集合。
元就、こんな時しか書けなくてごめん……(しかも出番少ねぇ…!)
皆で奥州の政宗の家(っちゅーか屋敷? 城?)に集合です。
雪は見事に降り積もり、幸村と元親はおおはしゃぎ。
慶次は色々大人の都合で到着が遅れました。
イメージ年齢
幸村→5歳 政宗/慶次→6歳 元就→8歳 佐助/元親→9歳 半兵衛→11歳