終わって、そして始まる
終わって
始まる
今日はそんな日
鼻腔を擽る磯部の匂い。
それをしっかりと嗅ぎ分けた幸村は、ぱっと表情を明るくした。
ぱたぱたと軽い足音を立てながら、幸村は匂いを辿っていく。
その先に何が待っているかなど、考えなくても判ることだ。
だってこれは、毎年の事なのだから。
「佐助!」
ひょいっと屋敷の陰から、正面庭へと顔を出す。
其処に待っていたのは、いつも自分の傍にいる忍が一人。
それから。
「よう、幸村!」
「おーっす、邪魔してるぜ」
「上がらせて貰っているぞ」
最初に声を上げたのは、佐助と七輪を挟んで反対側にいる奥州筆頭・独眼竜、伊達政宗。
次は館の縁側に腰掛けている四国の鬼・土佐の風雲児、長曾我部元親。
最後はその元親の隣で綺麗に正座し、腕を組んでいる、中国の智将、毛利元就。
佐助は七輪で焼いている餅に目を向けたまま、扇で七輪の火を扇いでいる。
ちなみにその風下に当たる方向には、政宗がいたりする。
「政宗殿、元親殿、元就殿、遠路遥々、ご足労申した!」
「良いって事よ。折角のお誘い、蹴っちゃあ悪いしな」
「然程の距離ではなかったからな。大した苦労はない」
縁側に座っていた二人の下へ駆け寄って言えば、元親は明るく言い放つ。
それとは対極的に、元就は静かな言葉で幸村に応えた。
政宗の方へと目を向けると、用意されていた火箸で餅を突いている。
佐助が鬱陶しそうにしているが、そんなものは歯牙にもかけない。
それどころか幸村の視線が己に向けられていると気付くと、まるで子供のように表情を明るくした。
「政宗殿もお元気そうで何よりです」
「お前から声をかけられたんなら、どんな時でも馳せ参じてやるよ」
「……独眼竜のダンナ、邪魔なんでそこ退いてくんないかな」
餅を突くのを止めようとしない政宗。
業を煮やしたらしい佐助が、団扇の扇ぎを強くする。
香ばしい香りと一緒に立つのは、やはり煙。
もくもくと立ち上るそれは、団扇によって齎される風に素直に流されている。
よってその流された煙は、正面側に立っている政宗の方へと漂っていく。
幸村は佐助の背中の方にいるから、その被害には合わない。
合わないが、政宗が今どんな状態であるのかは、遠目に見ている元親と元就にもよく判る。
「ま…政宗殿……」
「あ? おいおい、そんな顔すんなって。折角のCuteな顔が台無しだぜ?」
「いえ、あの、そうではなく……」
「……よくそれで喋れるな、お前……」
「…肺に問題はないのか? お主…」
心底不思議だという様子で、元親と元就が言う。
佐助はただ無言で団扇を仰ぎ続けている。
「さ、佐助、もうその辺で……」
「何言ってんの、餅はまだ焼けてないよ」
「いや、それではなくてだな…」
「あー、気にしない気にしない。細かい事は気にしない」
「細かくはないだろう! ま、政宗殿〜っ!」
主の言葉を流して、佐助は団扇を煽るのを止めようとしない。
政宗はすっかり煙に巻かれているが、中々其処から動こうとしない。
最早意地になっておるのではないか? ガキだな……
ぼそぼそと話をしている元親と元就の声は、他三名には聞こえていない。
幸村は佐助を止めようと必死だし、佐助はそれを流して一心に団扇を仰いでいるし、
煙に包まれている政宗が何を思っているかは、二人には量れない。
三人三様に必死なのを眺めながら、元親は四国から持ち出してきた酒を己の荷物袋から取り出す。
元就は何をするでもなく、無表情に騒がしい三名を見詰めている。
彼等は完全に傍観体制に入ったようだ。
「政宗殿、こちらに!」
「あー、平気平気。三下忍のやる事なんて屁でもねぇって」
その一言が案の定、佐助の気に触ったらしい。
佐助は明らかな苛立ちの空気を纏いながら、更に団扇を仰いでいる。
政宗の方も、流石に腹が立ってきたようだ。
それでもいつもの短気な様を見せないのは、此処が耐え所だと知っているからだろう。
此処で政宗が先に根を上げれば、佐助の勝ち。
佐助が無理にでも幸村に止められれば、政宗の勝ち。
その勝敗が何に左右するかはさて置いて、要は互いに意固地になっているだけなのだ。
此処で引き下がったら、煙にまかれただの、せこいだの、弱味を握られるに決まっている。
だからどちらも、此処で事を済ませてしまう訳には行かないのだ。
幸村一人が、騒いでいる。
煙にまかれるのは当然身体に良くないし。
佐助が何か苛々しているの感じるけれど、何故そうなのかも判らないし。
別段、幸村は特に何をしてはいない。
強いて言うなら、“何もしていない”から彼等がこんな事を始めているのだとも言えるが。
「佐助、いい加減にせんか!」
「だいじょーぶだって、何も問題ないって」
「ありまくりだ! 政宗殿ももういい加減こちらに来てくだされ!」
「だからなんともねぇって、気にすんなよ。お、こっちの餅焼けてるぞ」
「政宗殿ぉおお!!」
幸村の気持ちが量れぬわけではないだろうに、彼等も意地になるととことん聞かないのだ。
たった一人、幸村だけがいつまでも、それが判らないでいる。
あそこまで鈍いなんて、もう国宝級だと元親が呟き、元就もそれに同意して頷く。
佐助はともかく、政宗は直球的だ。
言う事にしても、行動にしても、彼の想いをそのまま表していると思う。
だから佐助はそれがまた気に入らなくて、今のような行動に出てしまうのだ。
なのに、幸村はいつまで経っても気付く様子はなかった。
哀れと言えば、哀れか。
しかし今は、牽制しあう二人よりも、幸村の方が不憫だ。
「幸村ぁ、もういいじゃねぇか、そいつらの事は」
「元親殿…しかし!」
「そやつらはそやつらで楽しんでおるのだろう。それよりほら、此処へ来い」
家主は幸村だと言うのに、元就は幸村以上に堂々としている。
元親は早々に酒を傾けており、上機嫌な顔で幸村に向かって手招きする。
幸村は佐助と政宗も気になるが、他二名の客人を放って置く訳には行かないと思ったのだろう。
時折彼等を振り返りつつも、素直に元親と元就の方へと足を向ける。
「お前は酒は飲めねぇんだっけか」
「飲めるのですが、佐助が駄目だと……」
「まぁこれでも食べよ」
「かたじけない。餅は…佐助が……」
「ああ、ありゃもうしばらく待つさ」
終わりそうにねぇし、と呟く元親に、幸村はばつが悪そうに顔を伏せた。
気にするなと肩を叩いてくれるのは、元就だ。
「そういや、さっき無愛想な釣り目の奴が来てよ、雑煮置いてったぜ」
「釣り目の……ああ、才蔵ですな」
「礼言おうと思ったら、さっさとどっか行っちまったよ」
「これはすみませぬ。才蔵はどうも人と話をするのが好きではないようで…」
暢気に言う幸村だったが、仕方のない事だと他の者はきちんと弁えている。
彼の主である幸村と、自分たちは敵に当たるのだし、本来ならば今日のような日を同じ場所で迎えるなどない筈なのだ。
だが現実、政宗・元親・元就の三名はこの真田屋敷に腰を落ち着けている。
主を敵から守護せねばならない彼等(佐助も含めて)からすれば、気に入らない事だと思うのも当然だ。
けれども幸村は、そういう彼等の面を知らないのだろう。
彼等が上手く見せないようにしているのだろうけれど。
元親がつらつらと思案している間に、幸村は雑煮を元就に手渡している。
律儀に箸も手渡して、幸村は嬉しそうにそれを口に運んだ。
そして元就も、それを見てから雑煮を食べた。
が。
「……幸村………この雑煮、妙に甘くはないか……?」
「そうですか? いつもこれぐらいですが……」
「……まぁ、雑煮の味は地方と家によって違うけどよ……」
同じく雑煮に手をつけた元親が、いぶかしんで眉を顰めている。
元就も同じようにしていたが、幸村だけはぱくぱくと雑煮を食べている。
あまり多く食べると、胸焼けを起こしそうだ。
政宗から、幸村が大の甘党であるということは、二人とも聞いている。
しかし、これは幾らなんでも極端ではないのか。
元親と元就が動きを止めて固まってしまったのを見て、幸村は首を傾げている。
だが自分の手元にある雑煮の方が誘惑が強く、結局そっちに意識を戻してしまった。
これからしばらく、二人はこの雑煮と格闘する羽目になった。
幸村が一杯の雑煮を食べ終えると、何処からか才蔵がやって来て、二杯目を置いて行く。
嬉しそうに受け取る主の表情に、才蔵がなんとも微妙な表情を浮かべているのを元就は見逃さなかった。
が、此処は突っ込まないでいるのが良いのだろう。
元親と元就はまだ一杯も食べ終えていないのに、幸村は早くも四杯目に突入している。
あまりにも景気よく食べるのは見ていて気持ちが良いのだが、食べている物が物だけに、二人は失笑が漏れてしまう。
こういった時の幸村の相手は、佐助が一番弁えているのだろう。
けれども佐助は、未だに政宗と意味の判らない攻防を続けている。
そろそろ餅も焦げてしまうか、固くなってしまうんじゃないかと思う。
磯辺の香ばしい匂いは相変わらず続いているのだが、いい加減に二人とも疲れないのだろうか。
幸村はすっかり雑煮に夢中で、自分の部下と客一名の事はすっかり頭から抜け落ちているらしい。
誰かこの子供を止めてくれ。
見ている方が気持ちが悪くなってくる。
見ているだけで、元親と元就は限界に来ていることに気付いていた。
気付いてはいるのだが、如何せん、嬉しそうに食べるのを阻む勇気はない。
やっぱり佐助であれば、止めてくれると思うのだけど。
と、其処で。
「sit!! いつまでやってやがんだ、こんのクソ忍!!」
「そりゃこっちの台詞だぜ、いつまで其処に突っ立ってんだよ、邪魔だっての!!」
七輪を蹴倒さん勢いで食って掛かる政宗に、佐助も団扇を仰ぐのをやめて言い返す。
「テメェが俺に向かって仰ぐからだろうが、俺ぁ邪魔な場所には立ってねぇ!」
「此処にいる事自体が既に邪魔だって言ってんだよ、日本語忘れたか!」
「お前がさっさと退けば話は片付くんだよ!」
「誰が退くか、っつーかアンタはマジで帰れ!! あいつらの方がまだいいぜ!」
言って佐助が指差したのは、元親と元就。
それは確かに、と示された二人は頷いた。
この真田屋敷にやってきてから、二人はいたって大人しくしている。
一応招かれた身であるから、その相手先で無体な事が出来るほどに無神経でも、図々しくもない。
佐助にしてみれば、何かとちょっかいを出す政宗に比べれば、静かにしている二人の方がよほど楽だろう。
政宗はそんな事はお構いなしの様子だが。
幸村一人だけが、一体なんの話なんだと目を白黒させている。
だが二人が明らかに剣呑とした空気であるのは気付いたのだろう。
慌てて仲裁に入るために、対峙している間に割り込んだ。
「政宗殿、失礼致した! 私がしっかり止めぬばかりに……」
「……い、いや……」
まさか正面から割り込まれるとは思っていなかったのだろうか。
すっかり失念していたらしい乱入者に、政宗の空気が緩和する。
それから幸村は、自分の背後に立っている佐助を見上げた。
「佐助もやめろ! 政宗殿は客人だぞ、滅多な事をするな!」
「……へいへい」
主に言われたから――それだけではないと思うが――と言う様子で、佐助はあっさりと引き下がる。
佐助が身を引いたのを確認して、幸村はもう一度、政宗に謝った。
政宗も相手が幸村となると、途端に態度は柔らかくなる。
それは全て、彼が幸村に対して抱いている感情が齎すものだ。
けれど悲しいかな、やはりそれは伝わらないのだ。
「今日は皆で年越しを祝おうと思いましてのこと故…その、どうか……」
「OK、OK。もう良いって、幸村。判ったから」
「ダンナ、いいからアンタはこっち来な。餅固くなるよ」
さっさと七輪と焼いていた餅を回収し、佐助は食べる用意を済ませていた。
まだ謝ろうとする幸村を促しながら、政宗も他三名のいる縁側へと足を向けた。
「お、ちゃんと焼けてるじゃねぇか」
「俺は仕事はちゃんとするよ」
「ふむ……少々味が薄いような……」
「醤油でしたら此方に」
「済まぬな、幸村」
自分も食べながら、幸村は手元に置いていた醤油を元就に渡す。
気持ち多めに醤油をかけてから、元就はようやく納得したようだ。
政宗はちゃっかり幸村の隣に腰を下ろしている。
何かと覚束ない、子供のような手取りの幸村を揶揄いながら世話をしている。
ちなみに、元親も時々ちょっかいを出していた。
幸村はすっかり囲まれている状態になっているが、それがまた嬉しいらしい。
「あ、ダンナ、もうこんな食ったの!?」
「美味かったからな! 食べ終わったら直ぐに才蔵が持ってきてくれるのだ」
「才蔵―!! ダンナ甘やかすなっつっただろー!!」
この場にいない人物に向かって、佐助は言い放つ。
彼も忍隊の一人であるから、何処かでこの声は聞こえている筈だ。
返事がない事も気に止めず、佐助は盛大に溜息を吐いた。
つくづく、彼は忍よりも保父か何かの方が向いているのではないかと、元親と元就は思った。
彼自身もそんな気分が否めないとは、誰も知る由はない。
「ダンナは今日はもう雑煮ナシね!」
「えーっ!!」
「えーじゃない! ほら、こっちは食ってていいから」
「……完全に保護者だな…」
呟いたのは政宗だ。
彼は頻繁にこの真田屋敷に来ていると言うから、おおよそ見慣れた光景ではあるのだろうが、思わずにはいられないらしい。
日に日にその度合いが増しているように見えるのは、きっと気の所為ではない。
幸村も幸村で、すっかりそれに対しての甘え癖がついてしまっているようだ。
雑煮を取り上げた代わりに、佐助は幸村に自分が持っていた焼餅を渡す。
そして取り上げた分は盆に置いて、自分は食べるつもりはないようだった。
幸村は雑煮を惜しそうに見ていたが、焼餅を食べ始めると意識はそれに持っていかれていた。
単純と言えば単純、素直と言えば素直な主の頭を、佐助はくしゃくしゃと掻き回した。
「なんだ、お前等、雑煮減ってねえじゃねえか」
元親と元就の箸が進んでいない事に気付いて、政宗が言う。
しっかりとそれが聞こえた幸村も、そうなのか、と目を向けた。
ここで応、とは言えない二人だ。
言えばきっと幸村は気にするだろうし、表情を曇らせてしまうのも容易に予想がつく。
どうしたものか、と元親も元就も苦笑するばかりだ。
が、ひょいっと二人の手から雑煮が取り上げられる。
取ったのは、佐助だ。
「ダンナの好みに合わせてあるからな、無理して食わなくていいよ」
「……あー……そう、か?」
佐助がこういった行動に出るのは、今に始まった事ではないのだろう。
幸村は少々不満げな顔はして見せたが、特に何か言う事はない。
何より政宗から自分の餅をやると言われて、ころりと機嫌を直している。
ともあれ、元親と元就に取っては幸いだった。
流石にあの雑煮を一杯でも食べきる自信はなかった。
佐助の焼いた焼餅を食べながら、他愛もない話が続いていく。
最初は幸村の、恒例のお館様の話から始まった。
それを途中で引っ掻き回したのは政宗で、自分の方が天下に近いと言い張ったのだ。
その手の話になれば、元親も元就も黙ってはいない。
それぞれが一国を持っている総大将なのだ。
三人が互いを譲らぬ言い合いを始めれば、当然、幸村にだって火がつく。
武器を持ち出すまでは行かなかったが、血の気の多い政宗と元親はそれ寸前まで言った。
間近で顔を突き合わせながら、子供のようにどっちが強い、どっちが天下を取る、と騒ぎあう。
元就は本来ならば中国から進出する気はないと言う。
しかし佐助が「どうだろうな?」と智将に向かって笑ってやれば、さて、と元就も曖昧に笑う。
幸村は幸村で、相変わらず天下を取るのは武田だと宣言する。
破竹の勢いだと聞く織田にだって負けるつもりはない、と。
結局は皆、譲れないものがあるという事だ。
それは自尊心(プライド)であったり、国であったり、様々だ。
ただ判るのは、
まだ乱世は終わらないと言う事で。
それでもいつか、終わる日が来て、
その時もう一度、こうやって近づけたならいいと思う。
皆で真田家に集合です。
毛利元就、初登場です。
これから彼も参加すると思われます。
真田家の雑煮はとんでもなく甘いんですよ…幸の好みに合わせてるから。
ちなみに私、雑煮は食いません(好き嫌いの多い…)
1月15日までフリーですv
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